(1)
友坂香澄はクラスの中心にいるような性分の人間ではなかったが、誰よりも信頼される人物だった。
髪は黒く長く、鼻筋は通り、大きくつぶらな瞳を持つ愛らしい少女だったが、流行りの派手な服を好まず、穏やかにいつも静かな笑みを浮かべて我を張るということをしなかった。真面目な気質で任された仕事はしっかりとこなし、間違った行いには決して退かない芯の通った面もある。それでいて情に厚く、級友から悩みを打ち明けられればまるで我がことのように心を割いた。
級友はみな、何かあれば教師や親などよりもまず彼女を頼る。そんな少女だった。
その日の彼女は、当然のように任されていたクラス委員の仕事が長引いたために、とっぷりと暮れた夜空の下、人気のない公園を近道として家路を急いでいた。本来あるべき登下校路を外れたのは彼女らしからぬ出来心であり、少しでも早く帰って母親を心配させまいとする彼女らしい気遣いでもあった。
その姿が、どす黒い性欲を持て余した小児性愛者の目に留まった不運を、規則を破った必然であると断じてしまうのはあまりに酷だ。
防犯ベルを鳴らす間もなく遊歩道を外れた生垣の裏へと引きずりこまれる。悲鳴を上げようと試みたが、耳鳴りがするほど強く頬を叩かれてなお抵抗できる胆力をわずか12歳の少女が持ち合わせているはずもない。
お気に入りのワンピースはボロくずのように引き裂かれ、ふとももに跡が残るほど乱暴に下着をはぎ取られ、男の大きく黒い影が視界を覆い隠し、そして、そのまま早すぎる破瓜を強いられた。
泥まみれになり虚ろな瞳で帰宅した香澄を見て、母親は悲鳴を上げることすらできなかった。
それ以来、周囲の香澄を見る目はすっかりと変わってしまった。
香澄の受けた暴力が公にされたわけではなかったが人の口に戸は立てられず、噂はいつの前にか伝播していく。その境遇を知れば、彼女が何をしたとしてもただ痛ましく哀れでしかなかった。
香澄は人と接することを極端に恐れるようになり、常にうつむいて人の目を見なくなった。何をするにもうわの空で人の話を聞いているのいないのか。約束もろくにこなせない。それならばいっそ不登校にでもなってくれた方が本人も周囲も楽だろうに、健気にと言うべきか意固地にと言うべきか香澄は学校へ通い続けた。その時香澄が何を思っていたのかは分からない。
彼女の扱いは腫れ物に触るようなそれに変わり、態度は他所々々しくなり、信頼は失われた。
そのようにして薄暗い雰囲気のまま卒業式の日を迎え、香澄の小学生時代は終わった。
中学への進学を期に友坂家は転居し、学区を変えた。
知らない土地。路地の一本一本、コンビニやバス停の場所も一から覚え直す。新しい学校と、初めて袖を通すセーラー服。全てが上書きされ、香澄を知る者はいない。そこで香澄は深い深い傷を癒すための生活を始めることになった。
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