第44話

「姉なんていたのか、おめぇ……」

「セス先生にはお話したことなかったのですが、実はいたんです」


 にっこりと、胡散臭いほどに美しい笑顔でユーゴは告げる。

 それを疑わしそうにじっとりとセスは睨んだ。


「なんで黙ってやがったんだ?」

「俺の立場は複雑ですから……、下手に義姉や義父のことを漏らして二人の平穏な生活を壊すわけにも行きません。何度かリリィにはこちらに来るように伝えてはいましたが、実父が生きている間は義姉と知れないように、あくまで募集をかけたら応募してきた、という体裁を取るつもりでした」

「今になって引っ張り出してきやがったのは、領主が亡くなったからだと?」


 亡くなってからもう3年は経ってるぞ、とその遅さとタイミングの不自然さを指摘される。

 しかしユーゴは慌てず騒がず、穏やかな声音を崩さなかった。


「実父もそうですが、義父も“最近”亡くなってしまいましたので……。リリィには、家族が必要です」


 それでも疑わしげにこちらを睨むセスに、表情を真剣なものへと返ると、唇にだけ笑みを佩いて、念押しをするように、ユーゴは低く告げた。


「……もちろん、俺にも」

「……ふん」


 納得はしていない様子だが、ひとまず追求する気は失せたのか、鼻を鳴らすとセスは視線をそらした。


「その義姉とやらが本物だろうが偽物だろうが、わしにゃあ関係ねぇがよ。足下すくわれるような真似は控えろよ」

「肝に銘じます」


 二人の会話からは、なんとなくセスという人物を『先生』と呼ぶユーゴの気持ちが察せられた。

 これまで大通りで遭遇した人々や、青鷲団のメンバー、そしてアンナとは異なり、セスは等身大のユーゴを認識しているように感じる。

 ユーゴのずるがしこさや計算高さを知った上で、それを許容しているような態度に、ユーゴとの間の絆めいた何ものかが感じられた。

 しかし、そのセスにすら莉々子の素性を隠すところを見ると、そこまで全面的に協力してくれる存在というわけでもないのだろうか。

 莉々子が聞いたセスに関する説明の中には誠実で厳格な義理を重んじる人格者との話もあったため、もしかしたらユーゴの目標には賛同できても、異世界から人を誘拐してくるなどという非人道的な行為には賛同できない人物なのかも知れない。


「リリィっつったか。まぁ、くつろいでいけ。大しておもしれぇもんはねぇけどな」

「ありがとうございます」


 ぼろを出さないように言葉少なに礼を告げると、莉々子は深々と頭を下げた。

 それに素っ気ない態度で一つ頷くと「アンナ、施設内を案内してやれ」とセスは指示を出した。


「わかりましたわ」


 あからさまに嫌そうな顔をしながらも、上司には逆らえないのかアンナは渋々頷いた。

 頷いた後にこちらを見る表情が非常に渋い。

 苦虫を噛んだような顔というのを、莉々子は初めて間近で見た気がする。


「俺は先生と話がある。アンナ、よろしく頼む」

「もちろんですわ! お任せください!」


 しかし現金なもので、ユーゴに頼まれると表情と態度を一転させて「さぁ、行きましょう!」と喜色満面の笑顔で莉々子のことを誘った。


(おおう……)


 その変わり身にちょっとだけ引く。

 正直こういう女子の恋愛だのなんだのが絡むやり取りの経験が莉々子には少ない。

 つまり、苦手分野だ。

 いや、ことコミュニケーションに関することで、莉々子が得意な分野など相手を苛つかせること程度なのだが。

 しかし主人命令なので仕方がない。

 諦めて莉々子はユーゴの背後からアンナの背後へとその位置を変えた。

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