成り行きでこうなってしまったので、一緒に戦ってください


 屈強な彼らの合間を通って、一人の男が出てきた。白いシャツに紫のネクタイ、同じく紫のスーツに身を包んでおる。生え際が後退し始めている黒髪に、薄い色のサングラス。口元にはいやらしい笑みを浮かべ、鼻につくようなネットリとした喋り方の中年男性。


「チミねぇ。ウチの家から借りるもん借りといて、バックれられるとでも思ってたのぉ? そうだとしたら、ちょーっと舐めてないかい? 俺達をねぇ」

「バックれてませんよ。人聞きが悪いですね、サーマさん。何も言わずに引っ越しただけです」

「それを世間じゃバックれっっつーんだよねぇ」


 一瞬で状況を察したわし。エイヴェのやつ、このサーマとかいうアコギな奴らに金借りて、踏み倒そうとしたな。んで、執念深い奴らがそれを許すかと血眼になって探し、ここを見つけて乗り込んできたと。

 なんでよりにもよって、わしが困ってるこのタイミングで?


「で、金は用意できたのかい?」

「ありませんね」

「じゃあその懐から見えてる金はなんだねぇ?」

「子ども銀行券です」


 んな訳あるか、元々はわしの金じゃぞ。


「あっそぉ。まぁ、それも一度確認させてもらうけどねぇ。それはそれとしてぇ」


 サーマの視線がわしを捉えた。えっ、何?


「上モノのガキがいるねぇ。借金のカタに、そこのお嬢ちゃんにはウチの系列の店で働いてもらうおうかぁ。最近じゃあ幼女も需要高いからねぇ」


 何を言い出したの、このおっさん。わし関係なくない?


「この子だけは勘弁してくださいッ!」

「おい待てコラ」


 エイヴェの奴が、まるで自分の大切な子みたいな空気を出し始める。やめろ貴様、まさか。


「関係ないねぇ。出すもん出さない奴に、配慮してやる義理はない。お前ら、捕えろぉ」

「「「ハッ!」」」

「すみません、カナメさん。成り行きでこうなってしまったので、一緒に戦ってください」

「巻き込む気満々じゃったろうが貴様ぁぁぁっ!」


 白々しいエイヴェ、襲いかかってくる黒服の集団。両方を見た上で、わしは悲鳴を上げながら力を発現させるしかなかった。

 なにせ捕まったら童貞卒業もまだなのに、風で俗なお店勤務となって処女を失うという地獄が待っておる。戦わなければ、生き残れない。


「お前覚えておけよ、こんのたわけがぁぁぁっ!」


 わしは叫びながら手を前へとかざし、目を閉じる。


「攻、射、創。燃え咲け。参華ぎょっこう赤薔薇之太刀アカバラノタチっ!」


 再び開いたわしの右目には、白黄色はくおうしょくの薔薇が咲いておるじゃろう。目の前に真っ赤な薔薇が咲いた。

 躊躇いなくその薔薇に手を突っ込んだわしは、一振りの大太刀を引き抜く。黒い柄と真紅の刀身が全てあらわになった後、薔薇の華が砕け散った。


「こ、このガキ、咲者さくしゃだッ!」

「狼狽えるなッ! あんな長い刀なんざ、ガキに扱える筈がねぇッ!」


 黒服達が舐めたような声を上げるが、わしは遠慮なく突進した。確かに小さくなったが故に、愛用の大太刀が身体より長くなってしもうたが。


「それはどうかのう。ぬぅぅぅんっ!」

「ぎゃぁぁぁああああああああああッ!」


 横に一振りすると、刀身から炎が溢れ出し、黒服の奴らを飲み込みながら切り払った。吹き飛んだ黒服達が掘っ立て小屋の壁に激突し、ヒビが入った壁と共に崩れ落ちていく。

 被害がなかった黒服達の顔に、怯えの色が芽生えた。一方でわしは、その手応えに口角を上げる。


「ほほう。理屈は解らんが、この見た目で全盛期くらいの力があるのうっ!」


 裸足に力を入れて前へと蹴り出すと、小さい身体は軽々と加速した。帯で縛っていないブカブカの浴衣をはためかせながら一足で黒服の一人に肉薄すると、柄でもって鳩尾を穿つ。


「グフッ!?」

「そうら、次じゃっ!」


 その場に崩れ落ちた黒服に見向きもしないまま、わしは大太刀を振るって順番に奴らを戦闘不能へと追い込んでいく。もちろん峰打ちじゃ、安心せえ。


「こっちに来ないでください」

「な、なんだこれは? 逸らされる、グアッ!?」


 一方で黄色い睡蓮の華を自身の足元に展開して微動だにしていないエイヴェ。じゃが黒服達はその華弁はなびらに阻まれて、彼に届いていない様子であった。あれが奴の参華ぎょっこうなのか。その間に彼は、手から命脈を物質化させた命脈弾を撃ち出しておる。射片しゃへんの基本技じゃな。

 少しして、わしらは黒服らを全て叩きのめしてやった。残ったのは、座り込んで震えているサーマ一人のみ。


「な、ななななんだこのガキ。こいつ一人に、全滅なんて」


 おや、腰でも抜かしたのかのう。大の大人が、情けない限りじゃて。


「悪いが。すぐ暴力に訴える輩に負ける程、ヤワな鍛え方はしておらん。出直してこい」

「ひ、ひィィィッ! よ、幼女怖いィィィッ!」


 サーマが這いつくばるようにして逃げていきおった。なんと情けない捨て台詞よ。

 しかし言われてみれば、今のわしは幼女じゃったな。ふと目線を落とし、自分の格好を見てみる。帯がなくガン開きになっているブカブカの灰色の浴衣。乳首こそ隠れておるが、お股は丸出し。


 これがアレか、頭隠して尻隠さずならぬ、乳首隠して股隠さず。言っとる場合か。


「んで、終わったぞエイヴェ。さあ、わしをこんな姿にした説明を」


 今はわしが何故ロリになったのか、張本人に問いただすのが先じゃ。そう思ってさっきまで奴がいた方へと視線を向けてみたが。


「は?」


 おらぬ。奴が、エイヴェが何処にもおらぬ。

 目に入るのは散らかった掘立て小屋と、倒れている黒服ばかり。あの細長い華徒エルフの姿が見えん。


「は? はあ? はぁぁぁっ!?」


 一人で『は?』の三段活用をした後に、わしは外に飛び出して辺りを見回した。じゃが目に入ってくるのは、逃げておるサーマの後姿のみ。


「こっちに面倒押し付けたうえに逃げやがったな、あんのたわけ者がぁぁぁっ!」


 許さんぞあの野郎。金払ったっつーのに、モテモテどころかロリにして。説明も無しにバックレ? 誰が許すかそんなもん。


「絶対に見つけ出してわしは男に戻るぞエイヴェぇぇぇっ!」

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