鉄仮面の下(6)


 ソマリと共に馬車で離宮に戻ってきたコラットが、ソマリの着替えと髪の結い直しを終えた時、スクーカムが訪ねてきた。


 鉄仮面を被っていない状態で。


「タビ……いえ、スクーカム様。どうぞこちらに」


 言いかけた偽名を本名で言い直し、スクーカムいつものように広間に通すソマリ。


 広間では、ルナとアルテミスが追いかけっこをし、チャトランはひなたで眠っていた。いつも通り、猫たちは思い思いに過ごしている。


「くっ……。今日も恐るべきかわいさだな」


 スクーカムはどこか苦しそうに、しかしどこか嬉しそうに猫たちの姿を見て言う。


(あら、今日のスクーカム様はやけに素直ね)


 初めてスクーカムと会った時から、彼が猫を好きなこと、しかし威厳を守るために素直にかわいいと言えないことを、コラットは見抜いていた。


 そして、タビーの正体がスクーカムなのではないかということは、「もしかしたらそうなのかもしれない」くらいに考えていて、半信半疑だった。


 結局スクーカム=タビーだと分かった今、鉄仮面を外したタビーの状態では、立場を気にする必要が無かったため素直に猫をかわいがっていたのだろうと推測した。


 そして今、鉄仮面を脱いだ状態でもスクーカムだと認識されている彼だが、猫に対して「かわいい」と言ったのだ。


(全部ソマリ様にバレてしまったから、もう取り繕うのはやめたってことなのかしら)


 さらにコラットは、ソマリがスクーカムに何の感情も抱いていないこと、しかしタビーには惹かれていることにも薄々気づいていた。


 もちろん、王太子の婚約者という立場上、ソマリがタビーとどうにかなろうとは考えていないことも。


 そしてそのソマリは、タビーがスクーカムだったことにまだ感情が追い付いていないように思える。


(ほのかな好意を抱いていた殿方が、まさか何とも思っていなかった自分の婚約者だったんだものね。そりゃソマリ様も混乱してしまうわよ)


 広間のテーブルに着いたふたりは、しばらく間言葉を交わさなかった。紅茶を煎れたコラットが、ティーカップをふたりの前に並べるがやけにその音が響く。


「スクーカム様。先ほど猫ちゃんを『かわいい』とおっしゃっていましたよね」


 意を決したように、ソマリが口を開く。


 それまでソマリから視線を逸らしていたスクーカムは、緊張した面持ちで彼女と目を合わせた。


「……言ったが」

「それに、冒険者のタビーだと身分を偽っていた際も、猫ちゃんをとてもかわいがっていた様子でした。あの、猫ちゃんがかわいいというのはあなたの本心ですか?」


 スクーカムは少し間を空けたあと、静かにこう答えた。


「ああ、本心だ」


 ソマリは怪訝そうに眉をひそめる。理解できないといった面持ちに見えた。


「ではなぜ、以前に猫ちゃんをかわいいなどとは思っていないなどという嘘をつかれたのです。また、なぜ鉄仮面を取って冒険者のふりなどを」

「まず冒険者のふりの件だが。民たちの普段の様子が知りたくて、時々ああして巡回していたのだ。皆鉄仮面を被った時の俺しか知らないから、外すだけで変装になるからな。別に君を騙そうとしたわけではない」


 淡々と答えるスクーカム。ソマリは納得いったようで、頷いた。


「なるほど、冒険者のふりの件は理解いたしました。では猫の件についてお聞かせください」


 目つきを鋭くしてソマリが尋ねると、スクーカムは気まずそうな顔をして恐る恐ると言った様子で口を開く。


「いや……だってその、分かるだろ? なんとなく」

「え? ちょっと何をおしゃっているのかわかんないですね」

「だから……。恥ずかしいだろ、そんなの」

「恥ずかしい? 何がですか? 猫ちゃんが世界一かわいい生き物というのは、不変の真理ではありませんか。何を恥じる点があると言うのです」

「そんなことは百も承知だ! だが俺は軍事国家サイベリアンの王太子なのだぞ。何かに対して『かわいい』などという感情は抱いたことはないし、無骨な男に囲まれる毎日なのだ。……そんな俺が『かわいい』などいう単語を口にするのは、やっぱり恥ずかしく思えてしまうのだよ……」


 スクーカムの言葉の最後の方は、消え入りそうな声だった。「流麗の鉄仮面」というふたつ名を持つ彼が、珍しく赤面すらしている。


(恥ずかしいことを皆まで言わされてスクーカム様かわいそうね……。ソマリ様、本当に鈍すぎる)


「だから絶対にバレないように、猫に興味がない素振りをしていたのだ。俺の演技がうまかったのか、君は気づかなかっただろう?」

「ええ、まったく気が付きませんでしたわ……」

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