平民街の猫事情(3)


 マンクスと名乗った肉屋の青年は四輪車を引きながらふたりを自分の店まで案内してくれた。先ほど三人で会話をした場所から近く、ほんの数分で店先まで到着した。


 移動中、先ほど見つけたブチ猫の素性についてソマリはマンクスに尋ねた。


 彼の話によると、商店街の面々で持ち回りで食事を与えてかわいがっている猫で、タマという名だそうだ。以前にパン屋のおかみさんが飼い猫にしようと自宅に連れて行ったが、暴れ回りすぐに脱走してしまったらしい。


 きっと、タマは多少危険な目に遭っても外での自由気ままな生活を愛しているのだろう。


(そっか……。商店街の皆でかわいがっている猫ちゃんなら、私が離宮に連れて行くわけにはいかないわね)


 一緒に暮らせないことに少しだけ気落ちするも、タマが誰かにかわいがられているなら何よりだ。


 ソマリはたくさんの猫と共に生活をするのが夢だが、それよりも大切なのはその猫が幸せかどうかなのである。猫が幸せなら自分のことなど後回しでいい。


 肉屋に到着すると、カウンターの奥へと案内された。どうやら店舗兼住居となっている建物のようで、奥はダイニングになっており、簡素なテーブルとイス四つが並んでいた。


「どうぞ、おかけください。お茶を入れてまいりますね」

「あら、ありがとう」


 お言葉に甘えてソマリとコラットが椅子に座ると、マンクスがダイニングに隣接されたキッチンへと向かう。


 ソマリは何気なく、室内を見渡してみた。木造の一軒家で、何の変哲もないごく一般的な平民の自宅だ。


 しかし、ふと部屋の隅に置かれたタンスに目を向けると。


「猫ちゃん……! 毛の長い猫ちゃんがいるわっ。ねえコラット!」


 タンスの陰に隠れる様に、白の長毛をふわつかせた猫がソマリとコラットの様子を伺っていた。目のぱっちりした気品のある面立ちをした猫だった。


 人見知りする性格のようで、瞳孔をこれでもかというほどに開いてソマリたちを警戒しながら観察している。


 その所在なさげなおどおどとした姿に、ソマリは庇護欲を掻き立てられる。


「あああ! 猫ってあんな風に毛が長いふわふわな子もいるんですかっ? 短い毛の子たちとは違う、優雅なかわいさがありますねっ。まあ毛が長くても短くてもかわいいことには変わりないですけどね!」


 初めて長毛腫を目にしたらしいコラットは、興奮した様子で声を張り上げた。


 そのコラットの様子に、猫はびくりと身を震わせる。


「いけないいけない。私も突然のかわいい猫ちゃんの登場にそわそわしてしまったけれど、猫ちゃんはグイグイ来られるのを嫌がる子が多いのよ。落ち着いて、あまり興味がないふりをしなくてはならないわ」


 ソマリは自身を戒めながらも、コラットにそう説明した。コラットはバツの悪そうな顔をする。


「そうなのですね……。チャトランが最初から人懐っこかったのでつい、同じようにしてしまいましたわ。気を付けます。……しかし、かわいい猫を前にして落ち着いていろだなんて至難の業ですわ。相当な苦行ですわね……」

「ええ……。気持ちは分かるけれどここは我慢よ、コラット」


 そんな会話をコラットとしながらも、ソマリは長毛の猫の置かれている環境について考え始めた。


(マンクスに飼われている猫ちゃんってことよね? 外にはほとんど猫ちゃんがいなかったけれど、家の中で猫ちゃんを飼っている人は多いのかしら?)


 ますますサイベリアン王国の平民街の猫事情についてソマリが気になり出した時、マンクスがティーセットを載せた盆をテーブルへと運んできた。


「ああ。あの子は僕が飼っている猫なんです。名前はマリーという、雌猫です」

「女の子なのね! 随分気品のある猫ちゃんね。とってもかわいいわ」

「ありがとうございます」


 ソマリがマリーについて素直な称賛を口にすると、マンクスは嬉しそうな微笑を浮かべた。


 ソマリもそうだが、飼っている猫を褒められるのは自分が称えられることの何倍も嬉しい。猫好きの性なのだろう。


 つまり、マンクスも自分と同じ種類の人間――猫を愛してやまない者だということが分かった。


 そして、それなりにおいしい茶を三人ですすりながら、マンクスは本題を話し始めた。


「猫が悪魔の使いだという伝承がこの地域に根付いていることは、ソマリさんもコラットさんもご存知かと思いますが。サイベリアン王国では昔――今から五十年ほど前でしょうか。特に猫に対する取り締まりが特に厳しい時期があったのです」

「取り締まりが特に厳しい時期……?」

「それは初耳ですね……」


 マンクスの言葉は、ソマリもコラットも初めて耳にするサイベリアン王国の猫事情だった。


 続けて話されたマンクスの説明は、このような内容だった。


 古来より、サイベリアンの平民たちは猫好きで猫をかわいがっていた。その記録が記された文献や伝承は今でも残っている。悪魔の使いだという伝説など、昔は気にする者などほとんどいなかったらしい。


 それは今現在でも変わらない。どうやらサイベリアンの民の記憶に刻み込まれれている、種族的な好みのようだ。


 しかし理由は不明だが、五十年ほど前に急に猫に対する取り締まりが強化された。


 見つけられ次第衛兵に捕獲されどこかに連行されたり、猫を自宅で飼っている者もしょっぴかれたりされていたらしい。


「悪魔の使いと信じてやまない貴族たちが、猫を火あぶりにしていたという話もあります……。まあ、本当かどうかはわかりませんがね」


 沈痛そうに語るマンクスの言葉を聞いて、コラットは目を剥いて怒り出した。


「こんなにかわいい猫を火あぶりですって!? 許せない……! 火あぶりにした人間を同じ目に遭わせてやりたいわ!」


 コラットは本気で憤っている様子だ。


 ソマリももちろん悲しみを覚えたが、すでに二十二回も人生を重ね、猫と人間の事情を知り尽くしているため、あまり衝撃は受けなかった。


 残念ながら、猫を毛嫌いしている人間は少なからず存在する。あのかわいらしい見た目を目にしても、悪魔の使いだという考えを変えられない者だって。

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