第9話:ドラッグストアの邂逅

 地元でのおぞましい事件が、れんの女性に対する忌避感に追い打ちをかけた。


(つら……)

 今思い出しても、胃がキリリと絞り上がる。


 か弱いふりをした、鬼のような女性の姿が脳裏に浮かんだ。


(完全にトラウマなんだよな……)

(女性はもう、本当にりだ)


 お互いに思い合う、信頼できるパートナーが欲しいという気持ちがないわけではない。

 だが、あれ以来自分に強い興味を抱く女性が怖くなってしまった。


明日花あすかさんは逆なんだよな……。むしろ、避けられている気さえする)


 明日花は蓮が話しかけるたびに、びくっと怯えたような表情になる。

 でも、不思議と嫌われている気がしない。


 警戒はしているものの、こちらを見る目に嫌悪感がないせいだろうか。


 ランチのときも最初はびくびくしていたのに、話し出すと気さくで楽しく会話できた。


(すごく楽だった。俺のことを聞きだそうとしたり、なんとか好意をもってもらおうとか、繋がりを求めてきたりしなかった……)


 ――逢坂おうさかさんって一人っ子なんですか? ご両親のご職業は?

 ――私、料理が得意で。よかったら今度食べにきません?

 ――映画好きなんですか? チケットがあるのでよかったら今度行きませんか?


 数々の問いかけや誘い文句が乱舞する。


 女性に好意をもたれアプローチされるのが嫌などと、傲慢なのも贅沢なのもわかっている。


(でも、今の俺にとっては恐怖……)

(ん……?)


 ようやくカゴの中の商品の読み取りが終わった明日花が、ちらちらと奥の壁の方に視線を向けていることに気づいた。


 ドラッグストアの壁にはアニメのポスターが貼ってある。

 制服姿の少年たちが手に武器をもって、躍動感のあるポーズを取っていた。


(あのポスターを見ているのかな?)


 そのとき、振り返ってきた明日花とバッチリ目が合ってしまった。


 明日花がぎょっとした表情になり、すぐさま店員に視線を戻すと財布を取り出した。


 会計を済ませると、そそくさとレジを離れていく。


(やば……ずっと見てしまっていた……)


 明日花がパンパンのビニール袋を持って、店を出て行くのが見えた。


(なんでだろう……。目で追っちゃうんだよな)


 連の順番が来たが、商品が一つだけなので会計は一瞬で終わる。


 店の外に出ると、よろけながら前方を歩いている明日花の姿が見えた。


(めちゃめちゃ重そうだな……)

 蓮は見かねて足早に明日花に近づいた。


「重そうですね、持ちましょうか」

「……っ!!」


 明日花がぎょっとしたような表情で振り返る。


(やっぱり、驚かせた。余計なお世話ってわかってるんだけどな……)


「いえっ、平気です!!」

 清々すがすがしいほどきっぱり断られる。


 再び歩き出した明日花がぐらりとよろけた。


「危ない!」

 蓮は思わず手を伸ばし、明日花を支える。


「ひいっ!!」

「あ、すいません!」


 思わず腰に手を回してしまった自分に狼狽し、パッと手を離す。


「やっぱり持ちます。行き先一緒ですし」

(迷惑かな? でもつらそうだし、悪いことはしていないはず)


 明日花はうつむき加減であまり顔を見せてくれない。

 黒い柔らかそうな髪をかきあげ、どんな表情をしているのか見たくなる。


(『魔女』って呼ばれていたとか言ってたけど、あれは彼女の気を引きたくて悪ガキが言ってたのでは……)


「……じゃあ、お願いします」

 明日花がおずおずと袋を差し出してきた。


(わあ……)

 蓮は思いがけず感動が込み上げてくるのを感じた。


(スクリームが初めて近寄ってきてくれた時みたいだ……)

(あの時は寒かったから、こたつに入りたかっただけだったけど)


 天にも昇る気持ちというには大げさだが、蓮は静かに感激しながら袋を受け取った。


 明日花が相も変わらず気まずそうに隣を歩いている。

 どんよりした空気を解消したくて、蓮は当たり障りのない質問をすることにした。


「そういえば資源ゴミって何曜日でしたっけ? 引っ越し用の段ボールを早く捨てたくて」


 引っ越しの荷物は即日開封しさっさと片付けたものの、折りたたんだ20箱くらいある段ボール箱が邪魔でしょうがない。


「……火曜日です」

 明日花がうつむいたまま答える。


「明日ですね! ありがとうございます」

「いえ……」


 心なしか明日花はしょんぼりとしているようだ。

 肩が落ちている。


(どうしたんだろう……。もしかして荷物を持たれるのがすごく嫌だったのかな?)

(それとも俺といるのが不快とか……)


 不安な気持ちがどんどん膨らんでくる。


「……ありがとうございます」

 部屋の前に来ると、袋を受け取った明日花は丁寧にお辞儀をし、さっと部屋に戻っていった。


(ちょっと強引だったかな? 一人暮らしの女の子に対して配慮が足りなかったか……)

(でも、一応お互い身元は明らかにしたし、親族との紹介もしてるし……)


(ストーカーみたいに思われてないといいけど)


 ストーカーという言葉に口の中に苦いものが広がった。


(ダメだ。もう忘れよう。今日はドラマの続きを見よう)


 蓮は振り切るようにさっさと部屋に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る