第7話:事故物件
「
「うほっ!」
モブ気分で気楽に眺めていた明日花は不意を突かれ、思わずゴリラの如き返事をする羽目になった。
(私の馬鹿!)
明日花のうろたえぶりに、
「すいません、驚かせて。あの部屋に決めたときに不動産屋さんとお話ししてて、それで例の事件の話になって……」
「あ、はい」
明日花が住むのは、神楽坂という人気の立地で便利な山手線の内側にある分譲賃貸マンションだ。
普通なら築浅の2LDKの相場は20万から25万円くらい。
なのに明日花の部屋の家賃は、破格の5万円なのだ
もちろん訳ありで、蓮の言うとおり事故物件なのである。
「明日花さんの住む701号室で殺人事件があったとか……」
「はい。半年以上前ですが、ずっと空室だったみたいです。詐欺事件の首謀者が刺されたとかで」
「僕の住む702号室は無関係なんですよね?」
「ええ。事件後、隣の702号室の人は怖くなって引っ越したらしくて」
やはり殺人事件のあった部屋の隣というのは嫌だったのだろう。
「そうですか。家賃が相場の半額くらいだったんで気になって……」
ということは、10万くらいということだ。
「私は5万です」
「安っ……!! それは――事故物件だったとしても借りちゃいますよね」
「はい……」
オタクライフを充実させるために、広い部屋は欠かせない。
だが、予算は限られている。
必死で物件を探す明日花に、不動産屋がこっそり紹介してくれたのだ。
「ちなみに僕は一人暮らしなんですが、映画とか海外ドラマが好きで……。ホームシアター部屋を作りたくて広い部屋を探していたら紹介されて」
「なるほど……」
おそらく同じ不動産屋さんだろう。
「明日花さんもお一人なんですよね?」
「? はい」
質問の意図がわからずキョトンとした明日花に、爆弾発言が投げかけられた。
「どうして事故物件を選んだんですか?」
「は?」
「一人暮らしなのに広い部屋なので……何か趣味とかお仕事で?」
「……」
明日花はぐっと詰まった。
オタクグッズ部屋がほしかった、などと言えるわけがない。
「……わ、私はですねえ……その……地方出身で、集合住宅が初めてで……なるべく広い部屋を探していてて。でも家賃が安くて通勤に便利なところを探していて、あの物件を薦められて……」
明日花はなんとか無難な答えをひねり出した。
別に嘘はついていない。
「なるほど」
蓮が納得してくれたようで明日花はホッとした。
「芙美ちゃ……叔母からは大反対されましたけど。『事故物件なんて!』って。でも、霊感ないですし、大丈夫かな、と」
推しグッズを丁寧に飾った部屋は、推しを崇め奉る
実際、
(何かやばい霊的なものがいても、刃也くんが守ってくれるだろう)
(なんせ、魔剣や妖刀ですら扱える人なんだから)
(私の
自分の推しのかっこよさを再確認して、明日花は勝手に感動した。
「マンション自体、新しくて快適ですしね。浄水器に食洗機もついていて。あ、初めてディスポーザーを使いましたが、便利ですね、あれ! 掃除が楽で!」
「……そう、ですね……」
なるほど。目の前のイケメンは自炊までするらしい。
朝食はシリアルかトースト、夜はほぼスーパーの弁当や惣菜、コンビニに頼り切っている身としては目が泳ぐ。
(家事もバッチリとかすげーな、この人。超人か。やっぱり現実みがないわ)
「あ、もうすぐ昼休み終わりますね。そろそろいきますか」
「あっ、はい」
明日花は驚いて、カフェの壁にかかっている時計を見た。
信じられない。
気づけば普通に会話していた。
イケメンの男性と二人きりでスムーズに話すなんて絶対無理だと思っていた。
(すっごい……こんなに緊張した相手とも会話を成立させるとは……恐ろしいコミュニケーションスキル!!)
蓮は現実の男性だ。
だが、明日花にとってはフィクションの中の住人ほど距離を感じる存在だった。
*
仕事を終えた明日花はさっさと帰路についた。
大手チェーンのドラッグストアのマツモトシロウ、通称『マツシロ』に寄らねばならない。
今日から『オカルト学園はぐれ組』とマツシロがコラボをするのだ。
購入3000円ごとにクリアファイルを一枚プレゼントというものだが、これが
まず、購入すれば店員さんが勝手に特典を持ってきてくれるアニメ専門店と違い、会計時に一般の店員さんに特典が欲しいと声掛けせねばらなない。
周囲の客も一般人という状況で漫画のタイトルを言わねばならない羞恥イベントだが、背に腹は替えられない。
(推しがいるんだもん……)
もらえるクリアファイルは3種類でランダム。選ぶことはできないが、経験上一度に3枚もらえば全種類揃うことが多い。
(とにかく、9000円以上買う!)
先着イベントなので、特典はなくなり次第終了。
こういうイベントは初日に行くしかない。
明日花はマツシロに入ると、さっと買い物カゴを手に取った。
(予備の薬、ウェットティッシュ、歯ブラシ、入浴剤……)
いずれは使うであろう品々をカゴに入れていく。
洗濯洗剤などの重いもの、かさばるトイレットペーパーなどは避ける。
それでもカゴはどんどん重みを増してきた。
明日花は素早く頭の中で、合計金額を計算した。
(そろばんを習っていてよかった。これで9000円いったでしょ!)
カゴの重みによろけながらレジの列に並ぶ。
レジは2つあるが、仕事帰りの人が多いのか10人以上の列になっている。
(大丈夫かな。クリアファイルなくならないかな……)
先着順の特典はいつもドキドキする。
(なかったら、別の店舗にいかないと……)
「あ、偶然ですね。明日花さんも買い物ですか?」
背後から声をかけられた明日花は驚いて振り向いた。
「ひっ……!!」
振り返った先には悪夢が待っていた。
背後に並んでいたのは蓮だったのだ。
(なんでこのタイミングなの!?)
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