第55話 なんか世界が嫁をラスボス悪女に引き戻そうとしてるんだけど

 手下たちがあっという間に無力化され、途端に先程までの貴族らしさはどこへやら、窮地という事を示す様にダチュラは歯軋りをする。


「こうも簡単に命を奪うとは……正体表したな」

「今日だけで18人殺した。つっても、アンタらの比ではないと思うけど」

「だが、もう魔力切れもいい所だろう!?」


 見抜かれていたか。正直ぶっ倒れそうだよ。

 白銀の世界になるほど積もった雪のせいだけじゃない。

 体は冷たくて、冷や汗が絶えない。


 さっきの兵達から得た魔力だけじゃ足りない。

 だが、俺の魔力や体力が底を尽きたかどうかなんて、どうでも良すぎる。


「魔力が切れようと、神経が切れようと……リリたんの安全確保するまでは、俺は止まらねえぞ」


 一瞬、脳裏に風になびく黒髪を想像して、奮起する。

 あの髪の匂いに、今すぐ触れたい。

 待っててリリたん、今目前のゴミを屑籠に入れてから行くよ。


 そのゴミが伸ばしてきた右手には疑似劣等印が彫られていた。


「ふん……しかし泣きっ面に蜂とはこの事だ! 俺には疑似劣等印がある!」


 一閃。

 ぽと、とダチュラの右手が雪の中に落ちる。

 ただ茎で剣を拾い、油断していたダチュラ卿の右手を切り落とした。


「劣等印、無くなっちゃったね」


 先程まで手があった場所から血が噴き出ている事をついに受け止めると、壊れたようにダチュラが叫んだ。


「ぎゃああああああ!! おれ、俺の右腕! 俺の右腕えええええ!!」

「魔王になって雑に処理されるよりマシだろクソ外道」


 ダチュラの顔を掴んで、後頭部を壁に叩きつけて黙らせる。

 弱った所で胸倉掴んで顔を引き合わせる。 


「正直アンタを殺してる時間さえ惜しい。だからさっさと話してもらう」


 まだ目は死んでない。

 ……もうちょい、


 コイツを咲かせるくらいの魔力はある。

 俺は禁断の花を地面に植える。


「花よ、咲け――【巨拒花ジャイアントホグウィード】」


 その白い花は、【吸魔花アルラウネ】ほど禍々しくない。

 その細い茎は、【鉄扇花ゴーレムメイル】ほど固くない。

 だから雪の中から芽吹いた【巨拒花ジャイアントホグウィード】を振り解く程度、今のダチュラにも造作もない事だろう。


 だが、【巨拒花ジャイアントホグウィード】の恐ろしさは特殊能力にも、強靭性にもない。

 ただ、なだけだ。


「う、うぎゃあああああ、い、痛い、痛い、ああああああああ!!」


 服の中に入っていく花を取っ払う暇もなく、ダチュラはその場に蹲る。

 見る見るうちに全身が赤黒く染まっていく。

 劣等印の暴走でも、魔巫印への【堕天】でもない。


 ただの、猛毒だ。


 皮膚が重度の火傷の如く、変色してカブれているだけだ。

 ――もうこの世のモノとは思えない激痛と一緒に。


「か、体が爛れていく!? い、痛い、痛い!! 体を動かせない!!」

「光毒性って言ってな。日光に反応し、皮膚や筋肉の細胞を破壊しつくす。壊れた細胞は、神経を馬鹿みたいに刺激する事しか能が無くなる」

「そ、そんな花が……あっ、あっ、ああああああああ!!」

「……侵略的外来種って知ってるか? 周りを枯らして他所の島へ侵略する【巨拒花ジャイアントホグウィード】がそれだ。よく似てんなぁ、周りを殺して他人の命を侵略するお前らと」


 ちなみにジャイアントホグウィード自体は、地球にも存在する。

 もちろん、俺の花魔術による修正が多少入っているがな。

 例えば激痛を、更に酷にしていたりする。


「さあ、話してもらうか」

「は、話したら、ああああ! この、この痛みを」

「いいから、全部言え。何を企んでる? 黒幕のヒヤシースは何をする気だ? ほかの奴らの動きは? 仲間は? ここに来てる魔族は? エニグマ教との繋がりは?」

「は、はなします、はなします! でも何個か知りません!」

「いいから話せってんだよヒゲぇ」


 痛みから解放されたいのか、先程までの貴族らしさもどこへやら、ダチュラは素直に話した。

 すべてを鵜呑みにする訳にもいかない。こいつ自身、【嫉妬のシット】が関わっている事も知らなかったらしいし。疑似劣等印を付与してもらった時も、シットは人間に化けていたのだろう。

 そしてヒヤシースがここまでの騒動を引き起こせる人物なら、側近のダチュラにもすべてを話しているとは思えない。


 そもそも、俺の関心はそこにはない。

 本当に知りたいことを、最後に尋ねる。


「最後の質問だ。?」

「こ、殺してない! まだ捕まったという情報は入っていない! ほ、本当だ!! 別動隊が、ルク姫を捕らえにいったという所までしか聞いていない」

「……ルクを? リリたんもじゃないのか!?」


 今リリたんはルクと一緒だ。学院から別々に逃げたとは考えにくい。

 流石にヒヤシース達がそれを抑えていないとは思えない。


「リリエルは……とヒヤシースさんに言い含められている……ただ、って、ヒィ!!」


 胸倉を掴む力が増した事を、ダチュラの怯えた顔で悟った。

 リリたんは捕まえてはいけない。殺してもいけない。しかしこの魔王化騒動の首謀者として吹聴する。ひたすらに追い詰める――するとどうなるか。

 リリたんは逃げた先で、見ず知らずの人間に罵倒されるだろう。

 

 その時、リリたんから何が見える?

 それは人間の醜さ。かつて自分達を消耗品として扱った父親ラフレシアのように、かつて妹を欲望を吐き出す消耗品として捨てたキモクスのように、自分を害する事しか知らない人間が見える。


 ……すると、最近活動している魔巫印は、悪意に反応してどうなる?

 ……悪意を浴びすぎた、リリたんはどうなる?


『リリエルだって、これから掌返してそうなるかもしれない。言ったはずです。所詮は祗園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の声、諸行無常しょぎょうむじょうの響きでしかない』


 ふと、フォーズが発した、忌々しい一文を思い出す。



「狙いは、



 ……なに、かんがえてんの?

 ……なんで、せかいは、あの子をそんなにラスボスの悪女にしたいの?

 


「っざけんなてめええらあああああああああああああああああ!!」

「うぎっ!? け、蹴らな、いた、皮膚が、ひふひふひふふふふうううううう!?」

「ふざけやがって! ふざけやがって! あの子は、あの子はやっと魔王から解放されたんだよ! なんなんだよ、なんでそうなるんだよおおおおおおおお!!」

「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ」



 息が切れる。血が切れそうになる。もう意識はキレそうだ。

 それを、目の前のダチュラを何度も蹴ることで解消する。

 前髪を掻き分け、俺は俺にクールさを要求する。

 こんなゴミを踏んだって、リリたんは帰ってこないぞ! 俺!


「ふー、ふー」


 よし、考えられるまでになった。

 落ち着け。落ち着け。頭にリリたん以外を思い浮かべろ。

 リリたんと一緒に描いた数式を思い浮かべろ。

 あの日、一緒に温泉で見た星を思い浮かべろ。

 

 駄目だ、冷静になろうとしてリリたん以外を思い浮かべても、必ずリリたんが隣にいる。

 でも冷静になれた。多分今俺はクレバーだ。


「よし、リリたんと一緒に帰ろう」


 まずは、助けにいかないと。

 リリたんを、助けに行かないと。

 あの子と手をつないで、帰ろう。


 そう思ったら、なんだか体が軽くなった。

 俺は歩き出した。後ろでなんかゴミが呻いてるけど、まあどうでもいいや。


「は、話した、話した、話したから解毒してくれえええええ!! いたい、いたい!! たすけて!! たすけて!!」

「あ、それ解毒方法無いんだわ」

「は!?」

、頑張ってね」

「……あ、ああああああああ!! う、嘘つきいいいいい」


 それ以上は耳障りだったので、まともに話もしない。多分そのうち精神が壊れるだろうし、一々こんな奴の命の責任なんて取ってる暇もない。

 

 リリたんを探さなければ。

 国を乗っ取ることしか考えていない悪役どもに見つかる前に、リリたんを探し出さなければ。

 そう思い歩き始めた途端、ノイズが耳を襲った。


「リリエルがこの騒動の主犯だ!!」

「国王の手先になって、世界侵略の為に動いている!」

「リリエルを捕まえろ!! あの悪女を殺せ!!」


 彼らは武装も何もしていない。かといって貴族でも何でもない。

 ただの、一般人だった。

 平時は店でもやっていそうな、あるいは大工として家を建てていそうな、あるいは学者として勉強していそうな、あるいは物乞いでもやっていそうな、どこにでもいる人間だった。


 リリたんと何にも関わりの無い筈の人間が、どうしてリリたんを悪女にしようとしているのだろう。

 どうしてリリたんを目の敵にしているのだろう。

 貴方達を魔王として支配していた闇リリたんのシナリオなんて、もうどこにも存在しないはずだろ?


 どうでもいい。

 あれは、うるさい。

 隣人のピアノがうるさいから殺したって話を聞いた事があるが、こんな気分だったんだろうか。


 【巨拒花ジャイアントホグウィード】で見せしめにするか?  そうすれば話し合いのテーブルに着いてくれるかも――

 

「――落ち着け、神経過敏」


 軽く、頭をはたかれた。

 集中しすぎて周りが見えなくなった時、いつもこんな感じにガス抜きしてくれた。


「ゼラ先生……?」

「なんでここに? みてーな顔すんなし。あんなに叫んだらうるさいっての」


 寒い日特有の白色と、葉巻から立ち上る灰色をミックスさせながら俺を路地へと引っ張る。


「ま、葉巻一本やるから、少しは頭を冷やせ」

「未成年ですけど」

「いいじゃねえか、どーせ誰も見てないんだからよ。じゃなきゃリリたんには生足ってことにするぞ」

「教師のくせに法律違反しようとしないでください。あとリリたんは黒タイツしか勝たん」


 と返した俺を見て、やっとゼラ先生は小さく笑う。


「そうそう、シオンはそっちの方が似合うぜ」


 その時、俺はようやく気付いた。

 もう少し休憩が必要なくらいに疲れ切った、体の重さに。



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(SIDE:???)


『……シオンたらしめる軛は他にもいましたか。折角いい感じに【古月君】が見えていたのに。ゼラニウムさん、邪魔ですね』

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