03 女たらしの事情
王太子の婚約者は派閥など諸々を考慮した結果選ばれた伯爵令嬢なのだが、政略で結ばれた間柄とはいえ二人は大層仲良く相思相愛であるらしい。
それは良いことであるとアルビナが頷けば、そうだろう!? と興奮したテオバルトに二人がどれほどお似合いであるかを力説された。なかなかお熱いカップルのようであるし、瞳をキラキラさせるテオバルトはとても……いや、だいぶ兄想いのようだ。
だが、容姿・内面ともに優れた第一王子は弟だけでなく令嬢たちにも大変人気がある。
すでに婚約をした今でも。だ。
特にひとりの侯爵令嬢が傾倒しており、王立学園時代も付きまとい、婚約者である伯爵令嬢にもきつくあたっていたらしい。
しまいにはその侯爵令嬢の振る舞いに同調した者まで出てきて、在学中はなかなか荒れたのだとか。
このままでは大切な婚約者である伯爵令嬢の心身が参り、婚約解消になってしまうのでは……と王太子は危惧し、王家としてもかなり頼み込んで婚約した手前、解消は避けたい事態。
ここで兄のために立ち上がったのが、第二王子であるテオバルト。らしい。
なんとか学園内の令嬢の興味だけでも惹かねばと奮闘したようだ。
「兄上が無事に婚約者と結ばれるまで、この私が二人に近づくすべての令嬢を引き受ける……! 学園を卒業した今、次は社交界の令嬢すべてをだ……!」
彼の次なる目標は、王太子の周囲に集まる令嬢すべてなのだそうだ。これはなかなか大規模である。
「それで女たらしなのですね」
「ああ。だからあなたには兄上の件が落ち着くまで迷惑をかけるが――」
「いいえ、かまいませんわ。むしろそのような時期に、国が大変なご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」
継承問題にも関わる微妙なときに、隣国からのちょっかいなど煩わしいことこの上なかっただろう。
(ああ、だからこそあそこまで大胆な攻めで叩きのめしてくれたのかしら)
聞いた話では、それは苛烈なまでの勢いで父王は返り討ちにされたらしい。その話の裏にあっただろうテオバルトの苛立ちを感じて、改めて申し訳なくなる。兄想いの彼にとっては、まさにそれどころじゃねぇ。な、心境だったに違いない。
なのに、テオバルトこそ痛ましそうな目でアルビナを見やる。
「なにを言う。我が国にはほぼ被害などなかったのだ。上に立つものがあのようでは、そちらの国こそ苦労するだろうに。あなただって、この戦のせいで私などに輿入れすることになったのだろう? ひとり他国で肩身の狭い立場に立たせることとなってしまい、本当にすまない」
母国ですらかけてもらえなかった優しい言葉に、鼻の奥がツンとした。
アルビナも抱いていた父への黒い感情を、テオバルトが忌憚なくはっきりと口にしてくれてなんだか胸がスッとする。同時に、真摯な彼の人柄に触れて、なんの目的もなく輿入れしてきたアルビナの中で、わずかながらやる気の炎が灯った気がした。
居住まいを正すと、しっかりとテオバルトと目を合わす。
「とんでもございませんわ。その計画、わたくしにもどうか協力させてくださいませ!」
「なんと……え、いいのか!?」
ドンと胸を叩いて宣言したアルビナの姿に、テオバルトは目を丸くして驚いた。
言っておきながら、簡単に受け入れられるとは思っていなかったのだろう。確かに和平のためにと輿入れしてきた相手に向かって、「愛することはない」のひとことはなかなか酷い。
しかし、アルビナにしてみれば良い方向に予想外。
「むしろありがたいお言葉に感動しております。わたくしはもっとこう……見向きをされることもなく放置され、忘れ去られるのだろうと思っておりましたので」
「そんなことをするわけがないだろう!?」
驚愕するテオバルトにアルビナこそ驚き、思わず笑う。
「ならば、よろしくお願いいたしますね」
どのみち、他にやることもないのだ。ならば誠実に向き合ってくれた婚約者の力になろうではないか。
すっかり肩の力が抜けてしまったアルビナを、テオバルトは呆けたように見つめていた。
そして後日、王太子とその婚約者を紹介してもらった。
王太子は、まさにこれぞテオバルトの兄であると納得できる人物であった。それでいて優しさだけではない、将来国を背負う者としての威厳に圧倒された。婚約者である伯爵令嬢も、少し会話をすればその聡明さは明らかである。
二人は愚かな国の王女であるはずのアルビナをにこやかに迎えてくれ、気遣い、今回アルビナが協力することに感謝の言葉を惜しまない大変な人格者であったのだ。
テオバルトが絶賛するのもわかる似合いの二人であり、その日の夜は王太子カップルの素晴らしさについて二人で遅くまで熱く語り合ほどに陶酔した。
彼らを無事に夫婦にするため、アルビナとテオバルトの『女たらし計画』は始まったのである。
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