第11話 この世界にはわたしがいる時。


「…はぁぁぁー………」


 わたしは彼が離れたのを確認してからゆっくりと息を吐く。


 王都に来ると、自覚した感情を否が応でも思い出してしまい、さっきの列車で密着した事実と重ねてより緊張してしまう。


 それから何度も深呼吸をして心臓を落ち着かせようとする。


 けれど、彼がいなくなってからもドキドキは収まることはない。


「座る場所…見つけなきゃ」


 だからといって、彼の言ったことを無視するわけにはいかない。


 彼が帰ってくる前に早く見つけなきゃ──



 座れる場所は意外にも早く見つけられた。でも先ほどの場所より、遠くなってしまった。


 周囲は明らかに人の数が減っている。


 というより──


「誰もいない…」


 広場だと思っていたけど、中心に黒い塔がある。


 見覚えのあるそれは、花火の時と同じ形をしていた。


 前も思ったが、この塔は宗教的なシンボルなのかもしれない。


 その証拠に、人の気配はこの場所を中心として感じはしないものの、手入れがされているのか落ち葉やごみの類は見受けられない。


「空…」


 見上げれば、ぽっかりと空いた青い空が見える。


 建物が密集していないせいだ。


 だから、そびえたつ黒い線と青空にかかる雲しか見えない。


 やることもない。わたしにできることは待つことだけ。


 ふと足元に気配を感じて、下を見ると動物がいた。


「ねこ…」


 初めて見た。動物と言えば空を飛ぶ鳥しか見たことのないわたしにとって、それはとても興味がそそられるものだった。わたしは観察した。輝く縞模様が特徴的な毛色、縦に割れた瞳孔、尾が三つ。本で読んだ猫という生き物は尾が一つだったと思ったが、個体差があるのだろうか?


「毛がモフモフ…」


 つい触ろうと手を伸ばそうとしたところ。ピクっ、と猫が反応し、わたしは思わず手を引っ込めてしまったが最後、身の危険を察したのかあっという間に離れ、どこかに行ってしまった。


「……ねこさん」


 残念に思いながらも、座るため縁に向かおうとした時


「なにしてるの?」


「え?」


 突如背中から声を掛けられた。


 先ほどまでなかった気配が突然現れたことに驚く。


 頭まですっぽりと隠された、体全体を隠すような白い服。


 彼が言うには「こおぅと」というものに類似している。


 声音と服の上の輪郭から少女だということが分かる。


「あなたは…?」


「私のことはいいでしょ?あなたのことが知りたいの。聞かせて?」


「わたしは……」


 名乗ろうとして考える。


 名乗る名前は持っていないけれど、成功したら彼から与えてもらえる。


 そもそも見ず知らずの少女に教える必要がある?


『内の人』から呼ばれていた名前は名前とも呼べない。


 彼がわたしを定義する。


 それまでわたしは何者でもない。


 彼の求める先にわたしはいる。


 それなら。


「わたしは───」


 一陣の風が吹き、発した声をかき消していく。


 目の前の少女に伝わったかどうか。


 それは伏せていた顔に隠された赤い瞳でわたしを捉えたことでわかった。


「そう、あなたも…」


 用は済んだとばかりに背を向けていく少女に思わず声を掛ける。


 一方的な質問に、わたしは自覚できるほど焦りを感じた。


「まっ、まって!あなたは…なに?…何者なの…?」


「…あなたと同じで、まだ理解する必要はないですよ」


 少女は続ける。


「それにあなたは、本当に『それ』を望んでいるの?」


 振り返ることもなく進んでいく少女に、わたしは小さくなっていく背中をただ見つめるだけだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「いやーお待たせ。思いのほか時間かかっちゃったよ。なにはともあれ、無事買えたよ」


「そう…」


「…どうしたの?」


「ううん、なんでもない」


 心配の言葉を掛けられ、切り替える。


 少女の一方的な質問に答えてしまったのはなぜか。焦燥感がなぜ芽生えたのか。


 彼には関係のないことなのに。


 思案の答えは、まだ出ない。


「そっか。それにしても、こっちにもバーガーがあるなんてね。サンドイッチの亜種とは言え、あることに驚いたよ。はい、これが君の分」


「ありがとう」


 彼はたまに普段とは打って変わって饒舌になることがある。


 特に多いのは昔に食べたかった料理や食べたことのある料理、食に関わるものだということ。


 それしか知らないし、詳しくはわからない。


 同じような年齢なのに『昔ってどういうこと?』とは思ったけど、彼が楽しそうならそれでいいと思った。


 なによりこういう時に彼は色々なことを教えてくれる。


 わたしは袋から包みを取り出し、一口。


「…おいしい」


 中身はどうやら魚のようだ。魚自体淡白な味わいではあるがさっぱりしたソースがよく合う。


「昔に、こういう食べ物の店がたくさんあったんだけどね、『有限資源活用保護条約』っていう、まぁ使える資源が限られた時代が来ちゃったんだよね」


 彼は続ける。


「その頃から食べ物が管理されちゃって、できることも少なくなっちゃってね。その時にはいくらか資金があったからよかったけど、今思うとぎりぎりだったなぁって」


「前から思ってたけど『昔』っていつの話なの?」


 いつもの答えが来るとは思いつつも、わたしはまた質問する。


「ん?あぁ、僕は昔は別のところに住んでたんだ。──みんなには秘密だけど、この星の外から来たんだ。内緒だよ?」


「いつもそればっかり…ほんとうのことを教えてくれないのね」


 彼はいつも自分のことをあまりしゃべらない。聞いてもこの通りはぐらかされてしまう。


「本当なのに。だから、ここに来たからには、もう一度やり直してみようと思ったんだ」


 だけど、教えてくれることもある。


「まずは大きな組織をつくろうかな。そこからネットワークの構築でもしてみようと思うんだ。そのためにも今後の成功がカギになるんだ」


 彼が望むのならわたしは従うまで。


「わたしはあなたの望みを叶えてみせる。絶対に」


「ははっ、絶対なんてないんだけどね」


 彼は自分の左手に視線を落とす。そこにあるのは村で作業中にわたしのためにできた傷。


 わたしのせいで、できた傷。


「でも、そういわれると嬉しいね。期待しちゃうけど、僕についてこれる?」


 彼の望む先に、わたしは自分の価値を見出している。


「ええ」


「ははっ、そうか」


 同時にわたしは考えてしまう。


 彼の望む先に、わたしは存在しているのだろうか、と。


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