【BL】恋人はメリーゴーランド少年だった。

夏目奈緖

プロローグ

 夢のなかにいる。ここはどこだろう?ライトアップされたホテルの外壁に囲まれた庭だ。木々が立ち並んだこの庭の中央には、同じくライトアップされた大きな噴水がある。俺は、赤い振袖を着ている。なんで?


「夏樹」


 名前を呼ばれたほうへ向くと、知らない男性が座っていた。二度見するほど整った顔をしているが、怖い雰囲気があった。


 その大きな手で、頬に優しく触れられた。お互いの呼吸の音が感じられる程に距離が近づいても、唇が重なることはなかった。 静かな庭の中で聞こえるのは、噴水の穏やかな流れの音と、お互いの呼吸の音、そして心臓の鼓動だけだった。


 動けばすぐに唇が重なる距離にあるのに、お互いにそのまま動かずにいた。手のひらから伝わる体温と鼓動だけでも、自分は満足だった。


 このまま触れずに離れていければ楽なのかな。何もない自分が彼の世界に飛び込んだら溺れそうだ。そう思っていた時、抱きしめられた。


「無理ばかりさせて悪かった」

「俺の方こそごめん。心配かけたね……」


 静かな夜の庭の中、ライトアップされた噴水からの灯りが自分たちを包んでいた。なるべく多く体の中に刻み付けたくて、彼の呼吸ごと奪うように唇を重ねていた。


 力強い腕の中に閉じ込められている。息苦しくなって体を押そうとしても、反対にすがりつくものになってしまう。


 お互いの呼吸の音がひとつになり、視線を感じられる余裕のある優しい触れ合いに変わった時、ゆっくりと唇が離れた。


 本当は離れたくなどないのに。

 そう思って、俺は泣いていた。

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