45. 絶望

 

 さらなる劣勢に追い込まれる場面は、すぐにやってきた。


 杏の穴を埋めるため、もなかが積極的にオフェンスリバウンドへ参加したときのことだ。

 もなかは川貴志の十一番、れのと空中で激しく接触。体の制御を失った両者は崩れるようにコートへ落下。もなかが倒れたところへれのが降ってきた。


 軽い衝突事故を目の当たりにしているようだった。

 遥はまっさきに怪我を心配した。

 れのは無事のようだった。ところがもなかは起き上がってこない。

 レフェリータイムが取られた。遥は駆け寄る。


「ごめんなさい」


 心配そうにれのが言う。

 痛みに顔を歪ませながら、もなかは笑顔を作る。


「大丈夫、大丈夫。私からぶつかったんだから気にしないで」


 岩平も駈けつけた。


「みんなもがんちゃんも大丈夫だから。試合には出られるから心配しないで」

「とにかく一旦ベンチ下がるぞ」

「そんな。私が下がったら四人になっちゃうじゃん。私なら大丈夫だから」

「嘘つけ」

「ほんとだって。痛いけど二分やそこらどうにかなるよ」

「じゃあちょっと立ってみろ」

 岩平はもなかに肩を貸して起き上がらせる。

「放すぞ」


 もなかは恐る恐るかばっている足に体重を乗せる。


「いっっった!」


 激痛が走ったようだ。すぐさま岩平が支える。


「出られるか」


 ははは、ともなかは苦笑した。


「無理かも……」


 途端に表情が沈む。


「みんなごめん」


 岩平は俯くもなかの頭にタオルをかけ、その上から手を置いた。


「大丈夫だ。勝てるよ」

「……うん」


 運び出す最中から岩平は指示を出す。


 残り時間を四人で戦い抜かなくてはならなくなった。

 レアケースである。遥は自チームはもちろんのこと他チームがこの数的不利の状況に陥っている場面も見たことがなかった。そのせいか窮地を正しく認識できていなかったが、急速に実感が灯る。残り時間はまだ二分以上ある。相当まずいことになった。


「こんなこともあろうかと!」


 バッと環奈がTシャツを脱ぎ捨てた。

 背番号十――普段は見慣れない華奢な肩が露出する。


「私も、全身全霊をかけて戦います」

「おぅ……救世主様……」


 杏が床に膝をついて手を組む。


 すっかり失念していた。念のためということで環奈は選手登録していたのだった。遥は胸の内で詫びた。


「任せてください。あといっぱい応援してください」

「再開します」


 審判の声に環奈がベンチに背中を向け、すぐさま振り返る。


「ところで皆さん、私がいること忘れてなかったですか」


 どきりとしたのは遥だけではなかった。


「あ、大丈夫ですよ。私も忘れてたので」


 環奈はまっ先にコートに足を踏み入れた。その後ろに遥たちは続く。


「さあ行きますよ。私たち五人で試合を締めましょう」


 再開後、最初の攻撃。

 遥のシュートがブロックされた。ルーズボールはぽてぽてと転がり、環奈の手に。ドフリー。ショットクロックは残り三秒。


「シュート!」

「は、はいっ」


 両手打ちで放たれたボールはいかにも入らなさそうな低い弾道で飛び、平行に近い乱暴な入射角度でリングを射抜いた。


「や、やったやった!」


 高校初ゴールを純粋に喜ぶような舞い上がり方。遥は一瞬、緊迫した状況であることを忘れそうになった。


 しかしラッキーはそう何度も続かない。

 早琴と一肌脱いだ環奈が死に物狂いでプレーするも、杏ともなかが抜けて落ちたディフェンス強度を補うまでには至らず、御崎はじわりじわりと追い上げられる。


 やがて八点あったリードを平たくされ、残り五十六秒。

 ベンチから、二階席から、悲鳴のような歓声が上がる。

 ついに逆転となるシュートを許した。

 

 遥は平静を保つ。

 早琴と環奈からは動揺が見られた。


 直後の攻撃。

 絶対に点が欲しいこの場面でつかさがきっちり二点を返すも、続く川貴志のオフェンスで逆に3ポイントを奪われリードを広げられると、さらに御崎のターンオーバーから二点を追加された。


 最高潮に盛り上がる川貴志陣営。

 得点した選手と他の選手が力強いハイタッチを交わす。

 

 ビイイイイ


 ブザーが鳴った。


 残り二十三・六秒。


 五点差となったこの場面で、御崎はぎりぎりまで残しておきたかった最後のタイムアウトをやむを得ず取る。 


「ファウルゲームでいこう」


 御崎が逆転するための戦術を岩平が指示した。

 二点でも三点でもどっちでもいいからまずは一本取り、その後はファウルゲームという流れだ。


 残りわずかな時間をどう使うか、選手全員が確認する。

 オフェンスは二十四秒以内にシュートを打ち、ゴールないしはリングに当てなくてはならないというルールがあるが、試合残り時間が二十四秒以下のこの状況で守ることに専念しても時間を使われタイムアップに持ちこまれるだけ。前からプレッシャーをかけてターンオーバーを狙う手もあるが今のメンバーでは厳しい。


 そんな苦しい戦況を覆すために選択したのがファウルゲームだった。

 これはチームファウル(クォーター内の自チーム選手のファウルの累計)五回目からはシュート動作時以外のファウルもフリースローとなるルールを利用して、相手に時間を使わせず逆転を狙うというものだ。


「ベンチからも言うけど残り時間は常に頭に入れとくようにな」


 再開後は御崎のオフェンスから。どう組み立てるかの指示を受けながらスタミナ回復に専念する。


 六十秒のタイムアウトが終了した。


 どう動きどう受けるかのスローイン手順を頭に入れ、遥たちはコートに入る。


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