30. 逆襲のエンドワン
異常に盛り上がる御崎サイド。
反対に東陽には焦りが発露する。
四連続得点で三点差にまで迫られた東陽はここで最後のタイムアウトを取った。
遥は懐かしい快感に恍惚となった。
流れが一気に傾き、猛追あるいは引き離すと、このままではまずいと相手がたまらず取るタイムアウト。その瞬間がたまらなく気持ちいい。
「ワンマン速攻かましたねさっこちゃん!」
「やるねさっこ。ナイスすぎ」
早琴がみんなから称賛を受ける。
「とりあえずタイムアウト明け一本止めねえと厳しいぞ」
残りわずかな時間をどう使うか、岩平指示のもと選手全員が確認する。
三点差で残り三十一秒のこの場面、敵はほぼ間違いなくショットクロックをできるだけ使って一本組み立ててくる。
もしオフェンスリバウンドを取られてボールを回されそうになった場合は即ファウル。チームファウル(そのクォーターのチーム全体でのファウル回数)の累積が五回に達しているため、シュート時のファウル以外も二本のフリースローとなる。
時間を使い切られるのを防ぎ、フリースローを外してくれるのを祈って自分たちの攻撃に繋げようという作戦だ。
守り切れた場合は同点に追いつくため3ポイントを狙う。2ポイントになってしまった場合は相手のスローイン後すぐファウル。
失点した場合はとにかくシュートを決め、その後ファウル。
スリーが打てない(届かない)早琴はここでもなかと交代することに。
遥はゲームプランを整理する。
オフェンスリバウンドを取られたら即ファウルゲームに持ち込む。
無失点で切り抜けた場合は同点となるスリーを狙い、入れば前からプレッシャーをかけボールを奪う。外れるか2ポイントになった場合は即ファウル。
失点した場合は、最速で得点しその後ファウルゲーム。
六十秒のタイムアウトが終了した。審判に促されコートに入る。
東陽ボールで試合再開。
「入った」
審判からスロワーにボールが手渡された。
コート内の選手がスローインを受けると同時、タイマーが動きだす。
予想通り敵は時間を使って攻めてきた。御崎がオフェンスに使える時間をできる限り短くし、なおかつ得点することで勝利を確実なものにしようとしている。
ボールを回したりキープしたりしながら中々攻めには転じてこない。
その間にも時間だけが一秒、また一秒と減ってゆく。
ショットクロック残り十秒。敵がようやく攻めの姿勢を見せる。
トップでボールを持つのは遥のマークマン。
彼女は、インサイドから舞を引き連れ左
おそらくセットプレーだろう。決められた流れの中でシュートチャンスを作り出そうとしている。
マークマンは右
「遥、スクリーン」
スクリーンをかわして遥たちはトップへ。つかさたちはコーナーへ下りる。それに連動して同じサイドの底にいたもなかのマークマンが逆サイドへ走り込む、かと思えばゴール下で直角に曲がってミドルポストで守っていた杏の背後にスクリーンをセットした。
杏が振り向き様に壁にぶつかる。もなかのスイッチも間に合わず、杏のマークマンである利佐が呆れるほど綺麗にフリーとなってゴール下へカット。そこへウイングの選手からオーバーヘッドパスが投げ込まれた。
御崎の選手特性を考慮した上で緻密にデザインされたセットプレーだった。
これを決められてしまえば五点差となり、残る時間は五秒ほど。勝利はおろか同点に追いつける可能性すら薄くなってしまう。
位置的にはつかさがカバーに入る役目だった。しかしマークマンの動きに釣られゴール下から遠ざけられていたので間に合いそうにない。それでもつかさは走った。ショットクロックは残りわずか。外にパスをさばけるほどの時間はない。
利佐はパスを空中でがっちりキャッチすると体をボードと平行に。両足で着地し、両腕をまっすぐ上に伸ばしたまま飛び上がる。
つかさどいえどブロックするには手遅れだった。ただそれでもわずかながらのプレッシャーは与えられたかもしれない。あとは外してくれることを祈るほかなかった。
敵の手からボールが離れた瞬間ショットクロックのブザーが鳴り響いた。
この場合、シュートしたボールが手から離れてさえいればショットクロックバイオレーションにはならない。そのシュートがリングに当たらず外れた場合はボール権が移るのだが……
バックボードの小さい四角の上角にボールが当たった。バンクショットを狙う際の目安とされるそこに当てれば通常、ボールはリングに吸いこまれる。
怒涛の追い上げムードが、たったワンプレーによって吹き飛ばされる。
勝負を決定づけられたような敗北感。諦念。
やられた。
勝った。
両チームがそれぞれに思った。
「あっ!」
シュートを打った本人――利佐が声を上げた。
力加減を誤ったボールが吸い寄せられたのはリングそのものだった。
リング内の手前、奥と激突したボールはリング外へ逃げこぼれた。
利佐は着地するや再び飛ぶ。後方から影が覆い被さってきていた。利佐は横目にその姿を認める。つかさだった。ブロックは間に合わないと割り切りリバウンドに備えていたのだ。伸ばした手の指先は利佐の最高到達点よりもさらに上にあった。
吸いつくようにつかさの手にボールが収まる。
残り時間は六秒を切っていた。とにかく攻めなくては時間がない。
着地するまでの過程で体の向きを進行するべき方向へと変えていた。無駄のない身のこなしから、つかさはすぐさま攻めに転じる。
シュートの成否に見入っていた遥は、はっと我に返ったように走りだす。
三点差。追いつける。
つかさが密集地帯を抜け出しゴールへ急ぐ。
敵が二人、つかさがリバウンドに競り勝つよりも早く守りに戻り始めていた。
先頭からディフェンス二人、つかさと続き、その後ろを敵味方入り交じって追いかける。
つかさがドリブルでゴールを目指す間にもタイマーは五秒、四秒と試合終了へのカウントを刻んでゆく。
3ポイントラインにたどり着いたディフェンスが足を止めた。二点ならくれてやるが三点だけは何がなんでも死守するという構え。
つかさはスピードを緩めることなく左四十五度付近、3ポイントラインから少し離れた位置で急停止。やや遠い位置からの3ポイントシュートを狙う。
予期していたかのようにディフェンスが前に出たことによってつかさはタフなシュートを強いられる。それでも体勢は崩さずボールにも触らせなかった。
残り三・三秒、シュートが放たれた。
まっすぐな回転で美しい弧を描きながらリングに向かっていく。
きた。
まさか。やばい。
期待と不安を煽る軌道。
――二・六、二・五、二・四、
平行してコンマ刻みで時間も進む。
リングの中心を射抜くかに思われたボールはリング奥の内側へ直撃し、がががん、とリング内で暴れる。
入れ。
落ちろ。
相反する念力がただ一点に送られる。
リング内を高速で往来したボールはやがて押し出され、ふわっとこぼれた。
つかさを追ってきた選手たちがリバウンドに走り込んできていた。
その先頭を走るのは――杏だった。すぐ後ろにはディフェンスもいる。
走り込んだ勢いそのままに杏は飛んだ。
がっちりとキャッチ。両足で着地し前方への慣性をぐっと踏みこたえる。ディフェンスがすぐ横にきていた。これまで杏をマークし続けてきた利佐だった。
一・五、一・四、一・三――
時間がない。
杏は受け止めた力を上に向けて解放、する前に顔の前にあったボールをへその位置まで下げた。
「ノーファウル!」
東陽の選手が叫ぶ。
状況が頭に入っていないのか、利佐は二点なら打たせてもいいところを下で叩き落とそうと手を出した。
杏は手の甲が上にくるようにボールを持つ手をくるっと回転させた。覆い被さってくる手をはねのけるように跳躍し、
ばちん!
ボールを叩いたものとは異なる甲高く張り裂けるような音。
つられるようにして笛が鳴る。
今日の試合、ことごとくチャンスをものにできていなかった杏のシュートが、激しい接触を物ともせず危なげなく決まった。
遅れてタイマーの数字に〇が並び、ブザーが鳴った。
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