24. 醜い争い 2

 

 リターンパスを受けた遥がミドルシュートを放った。

 杏がリバウンドに入ろうとすると利佐に前を取られた。押し込もうとしても動かない。それどころかゴールから徐々に遠ざけられる。


 ボールがリングに弾かれぽーんと跳ねた。落下位置はちょうど利佐の前。

 杏は押し込むのを諦め、力を抜いた。それにより利佐は回り込まれるのを警戒する。杏は利佐の肩をトントンと叩いた。すると一瞬、利佐の意識がそこへ向いた。

 

「しまっ……!」

 

 叩いた肩とは反対側から利佐の正面に躍り出ると、後ろから飛ばせないよう背中でブロックした。前方に落ちてきたボールに飛び、両手でがっちりと掴んだ。

 ゴール下でのオフェンスリバウンド。敵は後ろ。得点の絶好機。着地後はフェイクなどはせず、すぐさまシュートに飛んだほうがよさそうと直感的に判断する。


 両手を上に伸ばしたまま床に降り立った。落ち着いてボードに当てるだけでいい。さすればボールはリングに吸い込まれる。着地した反動を利用してまっすぐ上に飛んだ。少しでも近くでという気持ちで伸び上がり、ボールを置きにいく。


 やった! 初得点!


 シュートを決める前に杏は浮かれてしまった。あとはそっとボールを放せばよかっただけのところに不必要な力が加わってしまう。


「ああっ!」


 勢いよく手から押し出されたボールはボードに叩きつけられ、リングにすら当たることなく杏の遥か後方へ跳ね飛んでいった。

 杏は後ろを振り向く。ルーズボールに味方が走るが、位置的な関係で運悪く敵の手にボールが渡った。そのまま速攻に繋げられそうになるも味方の戻りが早かったので事なきを得た。


「ごめん。助かったよ、ありがと」

「もー、しっかりしてよね」


 杏がディフェンスに戻ると利佐がくすくすと笑った。


「どうも」

「何が」

「さっきのに決まってんじゃん。あれわざと外してくれたんでしょ? 助かったよ。ありがとありがと。お礼といっちゃなんだけど、代わりに私がシュート決めてあげるよ」

「やれるもんならやってみなよ」


 パスを受け、利佐は歌うように言う。


「はい。二点もーらい」


 背中を向けてドリブルしながら、ゆっくり近寄ってくる。

 言葉も言い方も何もかもが癇に障った。

 胸でごった返す腹立たしさを抑えながら杏は笑う。


「そういうのは決めてから言ったほうがいいよ。教えるけど」

「決まったようなもんでしょ。フリー同然だし」

「強がっちゃって」


 ごりごりと押し込んできた。杏は体で受け止めながら、押し負けないよう腰を落として踏ん張る。押し出そうとするもパワーが拮抗していて思うようにいかない。

 二人は徐々にフリースローライン側へずれていく。そのとき、その方向へ利佐が大きく動いた。杏は振られてしまう。その隙に逆方向へ足を差し込まれた。


「やばっ」


 杏のディフェンスから抜け出した利佐はゴール下でシュート体勢に入った。構えたボールが胸の前から頭の前に上がる。杏はすかさずシュートブロックに飛ぶ。

 杏だけが飛んでいた。シュートに見せかけたポンプフェイクに引っかかってしまったのだ。


 見下ろすと利佐がにやりと笑った。

 杏の体が下降を始める。頃合を見計らって利佐が飛んだ。

 下降と上昇がかち合ったところで笛が鳴る。

 ファウルを得た利佐は空中で体勢を崩すことなくシュートを決めた。


 二点が加算され、かつフリースロー一本が与えられる。

 フリースローサークルへ向かう途中、利佐が振り向いた。


「あ、ごめん。三点だった。二点なんて言って安心させちゃったのに悪いね。もう一点、もらってくわ」


 杏は歯噛みしてフリースローレーンの最奥に入った。リバウンドに備える。


「ワンショット」


 バウンドパスで審判から利佐にボールが投げ渡された。

 ボールを受けると、勝ち誇っていた顔が一変した。しっかり切り替えたようだ。傍目からでも集中しているのがわかる。


 それが彼女のフリースロー時のルーティンなのか、その場で何度かボールをついたあと、力を抜いて沈む動作を何度かしてからゆっくりと構え、シュートをした。


 手からボールが離れた瞬間、杏はボックスアウト。隣の選手を背中でおさえながらボールを目で追う。弧を描くボールが最高点に達したとき。


 あれ、まさか――


 短いと思ったシュートは予想に違わずリングに触れることなく杏の目の前に落ちてきた。


 フリースローの最終投がエアボール――ボールがリングに触れなかった場合、シューターバイオレーションとなり相手チームのスローインで再開される。


 へその前でボールをキャッチした杏はゆっくりとシューターに顔を向ける。笑いをこらえようとして吹き出した。

 豪語した手前、エアボールはさすがに無様だと思ったのか、杏からさっと顔を背けた利佐は穴でも探すように自陣へ逃げ帰ろうとする。

 杏は審判にボールを手渡し、代金だけ支払って店を出て行ってしまった客を呼び止めるように後を追った。


「ちょ、ちょっとお客さん。一点忘れてますよ」


 今回は何も言い返してこない。無視されていた。


「ちょっとちょっと。おまけの一点、取り忘れてますって」


 なおも無視。


「『あ、ごめん。三点だった。二点なんて言って安心させちゃったのに悪いね。もう一点、もらってくわ』って言ってませんでしたっけ」


 杏は物まねをした。さらにセリフをピックアップして追い打ちをかける。


「『もう一点、もらってくわ』」

「うっさい!」


 噴火するような勢いで振り向いた利佐の顔は火が出そうなほど変色していた。


「もう黙れよ。なんなんだよ……」

「おぅ……」


 突如として罪悪感が芽生えた杏はなだめるような口調になる。


「だから言ったじゃん。ああいうセリフは」

「うるさい黙れ!」


 18-21


 御崎三点ビハインドで第一クォーター終了。


「すごいです皆さん! 相手は東京の上位チームですよ」

「上出来上出来」


 岩平はベンチに戻ってきた選手たちをハイタッチで迎える。最後の杏のところで、


「やりすぎ」

「だよねー。次はプレーでやり返すよ」

「頼むぞ。にしても、オフェンスリバウンドからのあのシュート。見たことないレベルで派手に外したな」

 舞が笑う。

「ほんと。笑いそうになったよ。シュートっていうかボードを使ったパスでしょあれ。それも敵への」

「あれは特別だったの。どうしても決めたかったからつい力んじゃった」

「熱くなるのは構わないけど、喧嘩しないでよね」


 はい、と杏はもなかに返事をした。


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