第32話 公私混同する教師

 「特別製?」


 可愛らしく小首を傾げるクーヤに、危うく昇天しそうになっていたリザ先生ですが、大人の維持でなんとか我慢します。


 「せんせー。よだれでてるよー?」


 我慢、してますかね?


 「ん゛ん゛。そう、そうなの。普通のリングだとクーヤくんの魔力に耐えられなくて壊れちゃうかもしれないから、こうして………」


 他の生徒からの指摘を華麗にスルーしながら、そう言ってリザはさりげなくクーヤの手を取り、リングを嵌めてあげました。

 なにこれ、やわらけぇー。手触り良すぎぃ。産みてー。とか思いつつも、左手の薬指に嵌めてあげます。こいつはとんでもない邪悪ですよ。子どもたちにはわからないような所で自分の欲望を満たしています。


 「えっ」


 隣にいたベルはそれに気が付いたようです。左手の薬指は婚約や結婚指輪を嵌める所ですからね。

 まぁさすがに先生なんだから、そんな特別な意味なんてないよね、と思ったようですが。残念ですが、わざとなんですよ。悲しいね、ベル。


 「ふぅ。これで良いわ」

 「ありがとうございます!リザ先生!」


 クーヤは無邪気にお礼を言っていますが、妙に満足そうな顔をしているリザに疑問を持って欲しかったですね。


 「皆もリングを指に嵌めたら次は外で実際に魔術を使ってもらいます。移動するので騒がずに来てくださいね」


 いよいよ魔術を使うという事もあって、子どもたちのテンションは高くなるばかりです。リザもそれに水を差す様な真似はしません。はしゃぐ生徒たちを暖かく見守っていました。こう見ると普通に良い先生なんですが。


 「楽しみだね、ベルさん!」


 クーヤもそれは例外ではありません。目をきらきらとさせて、笑顔を振り撒いていました。


 「そ、そうだねー」


 さすがに学習したベルは、目を髪で隠しているのは良い事に目線を逸らしていました。直視するにはまだまだベルの経験値が足りないようです。早く面と向かって話せるようになるといいですね。


 「ッチ」

 「ひぃっ」


 障害はとても多そうですが………クーヤの初めての友だちになってくれたベルには頑張って欲しい所です。




 運動場の傍にある施設に移動したクーヤたちは、きょろきょろと辺りを見回していました。雰囲気ががらりと変わっているので気になったのでしょう。


 「ここは訓練場って言うの。授業で使ったり、放課後は生徒たちが魔術の練習したりする所なのよ。ちょっとやそっとの魔術では壊れないように結界が張ってあるから、安心して練習していいからね」


 リザは生徒たちにそう説明しました。校舎にも特殊な素材を使っているので壊れにくくはなっていますが、更にその上から結界を張っているようなものなので、かなり強固になっているのです。熟練の魔術師でもここの守りを破る事は相当に難しいでしょう。


 「さて、それでは早速、授業を始めたいと思います。魔力の感じ方については先生が一人ずつ教えていくから、勝手に練習はしないようにしてね」


 皆が一斉にやってしまうと問題が起きた時、すぐに対応する事が出来ませんからね。

 はーい!と元気に返事をしてくれますが、こっそりと先にやろうとしている子もいるようです。いけない事ですが、わくわくしている生徒たちを完全に抑えておく事は難しいですから、仕方ない事かもしれません。


 「………さっき言ったように、頭の中でイメージをしていますか?」

 「………はい。でもまだわかりません」

 「うん。大丈夫だからその調子で。魔力の感じ方は人によって違いますが、お腹の上辺りに何か感じませんか?」

 「何か………暖かいものがある。これが魔力?」


 と、リザは少しずつ生徒たちに教えていっていました。魔力がわかるようになるまで早い遅いはありましたが、幸い魔力を皆感じ取れるようになっているようですね。

 そしてついにクーヤの番になりました。


 (よっしゃあああああああああああああああ!!!!)


 リザが心の中で吠えまくります。あくまで表面上は優しい先生の仮面を被っていますが、中に野獣を飼っていますね。是非、自重して欲しい所ですが。


 「あ、先生!できました!」


 べたべたと手取り足取り何取り教えようと思っていたリザですが、クーヤは最速で魔力を感じ取ってしまいました。


 「なるほどね」


 すん、っとテンションが急降下してしまったリザは、よくわからない言葉を吐くしかありません。目論見が外れて大変によろしいですね。


 「く、クーヤくんすごいねっ!私、もっと時間かかったよ!」

 「えへへ」


 ベルに手放しで褒められて満更もなさそうにクーヤは照れていました。


 「えー!すごーい!クーヤくん!どうやったのー?」

 「上手なやり方、私たちにも教えてー?」


 どんっ、とベルを跳ね飛ばしながら女の子たちがクーヤに群がっています。ふんっ、とベルにしかわからない角度で鼻で笑っているから、わざとでしょう。


 (怖っ!!)


 ベルには到底、太刀打ちなんて出来ません。それにいつもクーヤと仲良く話しているので(主にクーヤから)、彼女たちが自分を羨んで敵意を向けてくる気持ちもわかりました。

 忙しそうにしているクーヤはベルの様子に気づいていないようで、ベルは項垂れてすごすごと下がるしかありませんでした。

 そんなベルの前に一つの影が落ちます。先生かな、とベルが頭を上げるとそこには鋭いナイフのような目をしたウルフェンがいました。


 (怖っっっ!!!)


 自然と震えあがってしまったベルの事を無視して、クーヤの方にウルフェンは歩いていきます。これはまたトラブルの予感がしますね。

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