(2)
今陽花と有美ちゃんが住んでるマンションは、持ち家ではなく賃貸だ。築年のいったおんぼろマンションだから家賃は安いものの、古い規格の2DKで決して広くはない。世帯用というより、狭くてもいいから部屋数が欲しい独り者用の間取りだ。
その狭いマンションに相性の悪い親子が同居しているわけだから、年中喧嘩が絶えない。いや、喧嘩にはならないか。常に有美ちゃんが陽花をどやし倒しているんだ。
互いにストレスフルなら居を分ければいいと思うんだが、これまでは陽花が有美ちゃんにずっとしがみついてきた。有美ちゃんも、陽花が働いている間は家賃も生活費も母親持ちだったから、母親を蹴り倒してまで家を出るつもりはなかったんだろう。
ところが。有美ちゃんの不倫騒動とこのかちゃん出産がきっかけで陽花が精神を病んで引きこうもり。仕事もぶっちし、箸にも棒にもかからない中年ニートと化してしまった。今までは稼いだカネを全部自分に使えていたのに、折半通り越して家賃も生活費もいきなり全負担じゃあ落差が大きすぎるわなあ。ぷっつんした有美ちゃんがとっとと出て行きやがれと暴れるのも無理はない。もちろん俺も、心情的に陽花の側には立ちにくい。どっちもどっちだとは思うものの、言い分がまともなのはどう考えても有美ちゃんの方だからな。
それに、有美ちゃんは生ける
◇ ◇ ◇
陽花のマンションを訪ねた俺の目的が陽花ではなく有美ちゃんを連れ出すことだったのを知って、有美ちゃんは最初同行に難色を示した。俺が陽花の側に立ち説得に来たと警戒したんだろう。「話がある」と言った俺の話の中身も百パーセント仲裁だと思い込んでいたはず。よく単独で俺についてきたよ。絶対にマンションを離れないとゴネるならまだましで、室内で大暴れしかねないと思っていたからな。
「ねえ、おじさん!」
実際、俺は有美ちゃんの伯父だが、それでもおじさん呼ばわりは堪えるわ。
「なに?」
「ママに頼まれたの?」
「もちろんだよ」
があっと血が上ったんだろう。暑さのせいではなく怒りで顔が真っ赤になった。だが、有美ちゃんの口が弾丸をぶっ放す前に、俺の方から消火剤をぶっかけた。
「なあ、有美ちゃん。陽花が今まで俺を頼ったことが一度でもあったか?」
「……」
「俺と陽花は兄妹だが、小さい頃から互いに苦手意識を持ってた。仲良しこよしっていう関係になったことは今まで一度もない。い・ち・ど・も・な!」
普段からぼよんとしている俺がでかい声を出したから驚いたんだろう。有美ちゃんが顔を真っ赤にしたまま俯いた。
「その陽花が初めて俺に、直接、頼み事をしたんだ。俺が他人なら別だよ。一応兄だからな。話くらいは聞いてやらないかんだろ。俺の考えはおかしいか?」
「だって」
「だってもあさってもないよ。親父もお袋も、陽花のホンネは最後までわからんかった。俺だって今もわからない。実の親や兄にすらわからないココロが、他の誰にわかる?」
俺のぶっかけた消化剤は一応効いたたんだろう。固く口を結んだまま、有美ちゃんが視線を逸らした。抑止効果はいくらも続かないと思うが、ここでいきなり大爆発されるよりはいい。
「まず最初に言っとく。俺は陽花の兄だが、有美ちゃんの父親ではない。親のような顔をして説教するつもりなんてさらさらないよ。もう三十過ぎてる成人に俺が何言えるっていうんだ」
「じゃあ! なんでっ?」
「ここに連れてきたってことだろ」
「そう!」
「決まってる。頭を冷やして欲しいからだよ」
俺のぶっかけた消化剤はすぐに効果が切れたらしい。一度引きかけた血が逆流したのか、また顔が真っ赤になった。
「あのさ。陽花をあそこから出したとして、そのあとこのかちゃんをどうするわけ?」
「え?」
陽花ではなく赤ちゃんの話になったことで、有美ちゃんが絶句する。
「今は有美ちゃんが働いてる間、陽花が面倒を見てる。でも陽花が家を出ると、働いている間保育所に預けないとならないよ。その保育費用、出せるの?」
「……」
現実を見ようよ。有美ちゃんは行く先々ですぐ闘争をおっぱじめる。喧嘩相手と自分のどっちに非があるかという是非論に突っ込むばかりで、冷静に場を見て自分の居場所を作ろうとする努力を最初から放棄している。下っ端のくせに態度がいつも俺様だから、どこで働いても長続きしない。当然稼ぎは最低で、将来展望も保障も何もない。陽花以上の場当たり出たとこ勝負だ。そんな状態で、職確保以外にトラブルと赤ちゃん抱えて生活できると思う? 無理……っていうより、自殺行為だ。
本当は、陽花が有美ちゃんに現実を見ろって説教しないとならないんだよ。親なんだからさ。でも、立場が逆になっちゃってる。陽花が何をどう考え、判断して今まで生きてきたのかは知らないよ。でも、陽花の真情は誰にとっても謎のままで、身内にすら読み取れなかった。代わりに見えるのは、オトコによろめき続けるだらしない生き方だけだ。それはオトナの生き方じゃない。欲しいおもちゃにしがみつき続けるコドモそのものじゃないか。
オトナ二人の生活? とんでもない! 申し訳ないけど、社会性ぼんぼろりんのコドモ二人が生活の真似事をしてるだけ。互いに寄っかかってたから、深刻さが認識できなかったんだよ。陽花がもし働いていても、結果は同じだったと思う。
どこかで必ず破綻するって。
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