だからピアノが
井戸端じぇった
音楽室の幽霊
「
「そうだよ」と、
「……自称ではないが」当の本人である
学習塾『六本松修学館』でのある日、クラスメイトの女の子が白崎榛菜と灰野晶の二人に話しかけてきた。
榛菜と晶は、山岸さくらと黒川凛太郎を加えた4人で塾の一日を過ごす事が多い。とある事件を4人で解決したことがきっかけになって、よく話をするようになった。
今日は珍しく凛太郎とさくらの二人が休みで、授業のあとに二人で雑談をしていた。
榛菜とさくらは三王丸中学校に通う、塾のクラスメイトである。新型感染症のせいでしばらく中止していた合唱コンクールが復活し、今年は特別に開会式で合奏が行われるため、吹奏楽部のさくらは準備に駆り出されていた。
晶と凛太郎は塾だけでなく、天神中学校でも同級生である。天神中も合唱コンが再開され、凛太郎は実行委員という雑用係を押し付けられていた。明日の開催のために体育館で折りたたみ椅子を並べていたようで、寒いし汗かいたし疲れたので寝る、とさきほどメッセージが入っていた。
他の市立中学校も似たようなものらしく、10月末から11月末にかけての一ヶ月は合唱コンクールの季節と言えるかも知れない。
「
間を開けずに榛菜が質問する。
話しかけてきた女の子、藤原奏美は榛菜とも晶とも違う城北中学校の生徒だった。授業や答え合わせくらいでしか話したことがない。普段は私的な会話がない子が『探偵』の話題を出してくるということは、つまりそういうことなのだ。
「うん。学校でね、不思議なことがあって、探偵の晶くんなら何かわかるんじゃないかなって思って。ちょっと聞いてもらえる?」
「聞くのは構わないんだが」晶は手で
「その前に、誰が僕を探偵だって言ってるか教えてもらえるかな?」
「えっ……と」気まずそうに榛菜をちらりと見る。
「さくらちゃんと榛菜ちゃん……かな」
榛菜は非難まじりの晶の視線を一身に受けたが動じてない。
「だって探偵でしょ?」
「君らがそういう扱いをしているのは仕方ないにしても、勝手に広められるのは困るな」
「ごめん、私が聞き耳してたの」奏美が顔の前で手を合わせた。
「学校の幽霊の正体を見破ったり、火事の犯人を見つけたりしたんでしょ? 探偵団も作ってるっていうから、私もおねがいできないかなって」
「話の流れでそう名乗っただけで、別にそんな団を作ったわけではないんだが」
「まぁまぁいいじゃない、話聞いてみようよ」榛菜は晶をなだめながら、好奇心を隠しきれない。
「それで、どんな不思議なことがあったの?」
「うん……。私、学校では科学研究部なんだけど……」
———
奏美が忘れ物に気付いたのは、もう校舎が閉まる時間ギリギリだった。
城北中学校は比較的生徒数が多く部活動が盛んで、三王丸中や天神中にはない部活動がある。その一つが科学研究部、通称科研である。
部活とはいうものの大会や参加企画があるわけでもなく、半年に一度、冊子を作ったり研究発表をしているらしい。部員は10名前後で規模も小さいが、それなりに楽しく過ごしているとのこと。
今期も冊子を作る予定となっていて、そのための実験をしたり資料を集めたりしていたが、先週の金曜日、集中するあまり教科書一式をまるまる部室の理科準備室に忘れてしまった。
翌週すぐに提出の宿題があるので、今日のうちに持って帰りたい。土日でも運動部や吹奏楽部に紛れて校舎には入れるだろうけど、鍵を貸し出してくれる事務室が閉まっている。
「ワンチャン間に合うか!?」
とコートを羽織り、街灯の明かりの下を自転車を飛ばして学校に戻ったところ、まだ校舎には
事務室は職員玄関に面している。玄関脇の狭い職員用出入り口はまだ鍵が閉まっていなかったので、そこを通って中に入った。事務室の受付窓から中を覗き込むと、明かりはついているものの誰もいない。
「すいませーん」
声をかけると、奥の控え室からすっかり帰り支度を整えた事務員が出てきた。
「ありゃ? どうかしたの?」と、年配の男性事務員が受付の窓を開けて話を聞いてくれそうな様子だ。
「実は理科準備室に教科書とか忘れちゃいまして。来週の宿題とかあって、取りに行きたいんですけど、あの、鍵を貸してもらえませんか?」
まだ吐く息が白く、寒さで顔を赤くした女生徒を気の毒に思ったのか、その年配の事務員は「そういうことなら、特別だよ」と鍵を貸してくれた。
「ありがとうございます! 通ったらいけないところとかありますか? 警報鳴らしたらいけないかなと思って」
「ああ、それなら」事務員は壁に貼られている校内図を見て、
「いま特別棟なら大丈夫だよ。教室棟一階の職員室前も大丈夫だけど、教室前の廊下と教室棟の階段は通らないでね」
と、丁寧に教えてくれた。
奏美はお礼を言って鍵を受け取り、職員室前を通って特別棟に向かった。職員室にも若干明かりがついており少数の教員が残っているようだ。本来なら生徒が居てはいけない時間なので、暗い廊下をこっそり通り抜けた。
理科準備室は特別棟の3階にある。
階段を登って準備室の前まで来て、鍵を開けて中に入った。窓の外からの灯りで、部屋の中がぼんやりと見える。
普段は部室である以前に理科の専任講師の待機室にもなっているので、灯油ストーブやコーヒーポットなど、生活感があるものも置かれている。
部員たちが使っている大きな机が中央にあり、窓側のはじっこに目的の教科書一式が置かれていた。暗い中でもこんなに目立っているのに、忘れた自分が信じられない。手早くトートバッグにしまう。
そこで、彼女は不思議なことに気付いた。
ピアノの音がするのだ。
聞いたことがあるメロディ。
生音のように感じた。彼女は小学6年の頃までピアノを習っていたので、スピーカーや電子ピアノから出る音とグランドピアノの音ははっきり聴き分けができる自信があった。
4階の音楽室で誰かがピアノを弾いているのだろうか? 耳を澄ますと、確かに上の階から音が聞こえる。防音された音楽室から音が聞こえるのも不思議だが、そもそもこんな時間に誰がピアノを弾いているのだろう? 生徒はもちろん、教師もほとんど帰っているはずだった。
……これはもしや、世に言う学校の怪談ではないだろうか? 音楽室といえば、幽霊が弾くピアノなんて定番のネタだ。
「……なんてね」
彼女は科研所属のリケジョである。幽霊なんて信じない。合唱コンも近いし、どうせ誰かが遅くまで残って練習でもしているのだろう、と結論づけた。
理科準備室の鍵を閉めた時には、ピアノの音も聞こえなくなっていた。好奇心を刺激されたが、下手に何かを触って警報を鳴らしたら人が良い事務員さんに申し訳ない。4階を調べるのは諦めて、小走りで事務室まで戻った。
「ありがとうございます、助かりました」
事務員は丁寧に頭を下げる彼女を見て、にっこりと微笑みながら、
「もう暗いから、気をつけて帰ってね」
と鍵を受け取った。
「はい」と答えたものの、どうしても気になって思わず口に出てしまった。
「今日は誰か居残りしてるんですか?」
「ん? いや、いないよ」
「……」
疑問が顔に出ていたらしい。
「どうかしたの?」
「誰かがピアノを弾いていたんですけど」
「……ああ」事務員は顔の皺を深めてため息をついた。
「……そうだった。理科準備室は3階か。しまったな」
少し思案顔になり、ややあって口を開いた。
「以前はこの時期にはたまに出たんだよ、ピアノを弾く幽霊がね。まぁ、放っておいたらそのうちいなくなるから、見なかったことにしてくれるかな?」
「えっ……は、はい」
意味深な言葉に飲まれて、思わず返事をしてしまった。
そのまま追い立てられるようにして校舎から出る。
帰り際、学校の外から見上げた音楽室は真っ暗で……いや、カーテンの隙間から薄明かりがわずかに見える気がした。
———
「と、言うわけ」
「へぇ。事務員って警備関係もするんだ。大変だね」
「いやいや、そこじゃないでしょ!」榛菜は思わず突っ込んだ。
「幽霊でしょ! 気にするところ!」
「幽霊?」
「事務員さんが言った幽霊だよ!」
「ああ」ワケ知り顔でうなづく。
「それか。たしかに」
「放課後にピアノを弾く幽霊が出るなんて、まさに学校の怪談じゃない? でも信じられなくて。灰野くんならこの謎、わかる?」
「謎というか……」晶は口元を右手で隠して目を閉じた。
「幽霊なんていないから、そもそも謎なんてない。だが、防音になっているはずの音楽室からピアノの音が聞こえた理由と、事務員さんが嘘をついたと言い切れる根拠ならある。誰がピアノを弾いているのかは推測しかできないな」
「……ふぁっ?」榛菜は変な声をあげた。晶の探偵ポーズには毎度驚かされるが、今までの推理の中でも今回は最速ではないだろうか。
「本当に?」奏美は信じられない、と目を丸くした。
「今の話だけでそんなことまでわかるの?」
晶は目を開けて答えた。
「まぁ。でも僕は毎回少しズレたところに着地しがちだから、参考程度に聞いてほしい」
ゆっくりと目を開けて答えた。
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