第6話 龍と古老の鯉

『何故、そうなるのだ! そう、そうだ! あのように愚かな存在のことも! 何故、わたしに伝えなかった? 義理の姉がよきものでなければ、お前はあの時……!』 


 恐らくはあの名刀、そして、僧侶達のこと。


 最悪には至らなかったかも知れぬが。


 それでも。


 龍が女を助けた、あの時。


 あの、陽のように笑う、この女に、もしも、があったとしたら。

 考えるだけで、龍は、身が震える思いがする。


 だのに、女は叫ぶ。花嫁衣装のままで。


「ですが、龍様にあいつのことをお話しましたら、皆に、龍様のことが知られてしまうではないですか! それは、嫌でした!」


 ……嫌、とは。


 龍が思案していると、古老の鯉が間に入ってきた。


「恐れながら。このものは、龍様と、誓約を交わされたと思うていましたのではござりませぬか。自分が他のものに龍様のことを話しましたらば、龍様はお姿を示されなくなられる、とか」


『そ、そうか。それは……』


 確かに、龍が女と交わしたのは、互いが誓う、誓約。


 異世界での誓約など、さすがの龍も、正直、仔細は解らぬが。


 それを見抜いたのか、鯉よ。


 ……いや、そうか。


『この土地の水を守りしは……か』


 龍は、理解した。


 何故、異世界の自分が、この泉に落ちたか、を。


『古老の鯉殿。其方は、知っておったのだな。わたしが、に落ちることを』


「恐れながら。貴方様が異世界から参られしこと、幻獣王様よりお言葉を頂戴してございました。我が夢にご足跡をお残し下されましてございまする」


 幻獣王様御自らの、夢渡り。なんという、栄誉か。


 つまりは、古老は、鯉は。それに足るものということ。


 龍も、聞いたことがある。鯉は修業で、龍にも成ると。

 もちろん、血の滲むような業だ。


 それが、ここに、か。


「いえいえ、それはありませぬよ。ただの、長く生きました鯉にございます」


 龍の思いを知るかの如く。


 古老の鯉は、朗々と語る。


『異世界に住まう龍が、そちらの世界に落つ。その龍は、若いが心身共に溌剌はつらつたる、よきものである。異なる世界にても厚顔たる振る舞いはせぬはず。どうか、よしなに』


「そして、幻獣王様はこうも仰せられました。貴方様に『真に心を通わすものが現れしとき、その身に力が戻り、己が身も、世界に帰ることが能う』と」


『そうか、それは……ありがたきお言葉だ』

 だが、それならば、尚のこと。


 龍は、強く思う。


 わたしは、是が非でも女を説得せねばなるまい、と。




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