第3話 ゴリラと対決ですわ!
鬱蒼とした山を彷徨っていると、エーリカに罰として与えられたゴリラがリリーアの前に姿を現した。あんな薄っぺらい紙では想像がつかないほど、大きく逞しく、そして凶暴さか滲み出ている。
そんなゴリラ相手にリリーアは臆することなく、腰に下げた剣を抜いた? しかしここで再度思い出したのだ。剣を持ち歩いていないことを。
何ともおバカさんである。しかしリリーアは諦めない。今まで鍛錬を怠っていた魔法に手を出したのだ。
「私の餌食――すなわち幸運ですわね! 燃やせ〈
指先から出たのは、何とも低レベルな魔法。ひょろひょろとゴリラの目前を通過すると落下した火の玉。
ゴリラは鼻で笑う。ゴリラ如きにバカにされたリリーアは無性にイラつき始めた。ドンドンドンッと地面をじたんだすると、その様子を見ていたゴリラは再度鼻で笑った。そしてニコッと笑顔を浮かべたのだ。
――絶対、バカにしてますわ! あのゴリラ!
ムカ〜と激昂するリリーア。
しかしここで奇跡が起こったのだ。さっきまでひょろひょろと飛んでいた火の玉が、落ちていた葉にたまたま火を点けたのだ。燃え広がる火にリリーアとゴリラは大慌て。黒い煙がモクモクと上がり、このままではサンギス村にまで到達してもおかしくはない。
ここでリリーアはあることを思い付いた。
それは仮にも元貴族とは思えないほどゲスな考えだったわけで……。
――いっそこのクソゴリラのせいに……我ながら完璧なアイデアですわ!!
敵であるゴリラはこのまま放置し、自分だけ逃げ延びるといった算段を企てていたのだ。山が燃えた、そんな理由はいくらでも用意できる。あのゴリラが火を放ち、炎上させたと説明すればよいだけなのだ。
魔物にも容赦のないリリーアだった。
こんな嘘、すぐにでもバレると普通の人間なら思うはずだ。しかし焦ったリリーアにはそんな思考は存在しない。ただ自分の罪を赤の他人、いや
そうと決めたリリーアは不意をついて山を下る。
無事、サンギス村にたどり着くと、そこで待っていたのはエーリカだった。様子を伺うにもう村はパニック状態。というより、お祭り騒ぎだったのだ。
「あの山火事は誰が? 女神が降臨なされた!」
「誰も山には入っていないはず。きっと女神様が魔物を一掃されたのよ」
「今晩は祭りじゃあああああッッッ!!」
――一体、何事ですの? 変なキノコでも食したのかしら?
そんな疑問を浮かべるリリーアの手首をエーリカは強く握った。険しい顔をすると冒険者ギルドの裏口に連れて行かれたのだ。
――こんな強引に……なんだかドキドキしますわ。
本当に超が付くほどの残念元令嬢である。以前のリリーアもそうだが生まれてこの方一度も誰かに手を握られたことなどなかったのだ。だからこそ同性であろうが、異性であろうがドキドキする体質に変化してしまっていた。
「リリーアちゃん! あの魔物はどうしたの?」
「……へぇ?」
とぼけても無駄だというのにとぼけるリリーア。
その様子をしっかり見ていたエーリカの剣幕は鬼のようで、リリーアの身体に悪寒が走るほどだった。しかし山火事を起こし、あのゴリラを置いて一人で逃げてきたとは言い出せない。
リリーアはうつむきだんまり状態。この姿を見て誰が冒険者から貴族へと成り上がった令嬢だと思うだろうか?
おまけに山火事はあのゴリラのせいにするなどといった所業を考えついた、このような出来事が表に出ることがあれば即刻批判の的となるに違いないのだ。
貴族ならの話だが……。
だからリリーアはない頭で考えた。今までの労力すべてが些細なことと断言できるほど脳をフル回転させるのだ。本来ならここでこの子はアホなのだとバレてしまう、だがリリーアに関しては悪知恵だけはよく思いつくのだ。
さすがは責任逃れが得意な元令嬢である。
あの
「今頃、丸焼きになっていますわ。この私の力を見て戸惑っていましたわ」
「すごいじゃない! リリーアちゃん!」
決してゴリラは戸惑ってなどいない。
リリーアがあまりにも無能すぎるので嘲笑っていたのだ。そんなこと知る由もないリリーアは何とも純粋でお花畑なのだろうか。確かにゴリラは山火事が起きた瞬間に驚いたのかもしれない。しかしそれは決してリリーアの力ではなく、たまたま起きた奇跡的な出来事にだ。
――ぐふふッッ! これで誤魔化せましたわ。
この場を上手く切り抜けたと安堵するリリーアだったのだが、エーリカから驚きの真実を告げられる。
「嘘ね。あの魔物の死骸は山にはないはず。だってついさっき報告があったのよ。魔物が山から逃亡する姿を見たってね」
その言葉を聞いた瞬間、リリーアはパニック状態。こうもあっさりと嘘がバレてしまうなんて、と。
エーリカはリリーアの性格をよく理解していたのだ。見たこともないランク、それも本人が改ざんしたと認めたランクだった。それすなわちリリーアのランクは実質Cランクであり、ほぼ新人冒険者とそう変わりはない。だが機嫌を損ねると面倒だと思い、褒めちぎるような対応を取っていたのだ。
しかしそんな新人冒険者と変わらないリリーアにあのゴリラを討伐できるだろうか?
否、断じて否である。幼い頃のように泣いて帰ってくる、エーリカはそう踏んでいたのだ。しかし帰ってきたリリーアは苦し紛れな言い訳もせず、見栄っ張りな姿を見せたのだ。
エーリカにすべて悟られているにも関わらずリリーアは、その逃げ出したというゴリラのことで頭がいっぱいになっていた。
――まずいですわ! これではゴリラの逆襲が始まりますわ! 最近流行ったゴリラの惑星……人間に報復するゴリラの物語みたいに!!
この日、リリーアにまた一つ心配事が増えたのである。
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