悪役令嬢はスクールカーストに負けません! 〜前世では『帝国の毒婦』なんて呼ばれてましたけど平民出の素朴娘に裏切られたので自殺してやりましたわ〜 だからって貧乏シンママ一人娘に転生は酷くな〜い?
けーくら
序章 脆弱な少女と悪役令嬢
プロローグ
強くなってきた雨音に混じって、遠くで車のクラクションの音が聞こえる。
――どうでも良い
身体を容赦なく雨が打ちつける。既に下着までびしょ濡れだ。
――どうでも良い
明日は日直だ。数学の宿題やらないと。
――どうでも良い
お母さん今日遅いからご飯作っておかないと
――もう、どうでも良い!
太ももに不快な感触が伝う。全身を這うような不快さに震える。
――もう、どうでも良い! もう、全てが嫌だ!
目を瞑る。足を踏み出す。
刹那に後悔が溢れる。恐怖に身体が竦む。
やめろ、バカな真似はするな、負けるな、ともう一人の自分が叫ぶ。
――もう、嫌だ! 嫌だ! もう、終わりたいの!
その瞬間、手摺から手を離し、身体は虚空に投げ出され、意識を失った。
少しの後悔と、全てが終わったことへの安堵。
私は自ら死ぬことを選んだ。
◇◇◇
「マリアンヌ! 私にそこまで恥辱を与えるのかー!」
怒りに打ち震え上半身を起こした姿勢で目が覚めた少女。息も荒いまま額の冷や汗を手の甲で拭う。
全く……自分の寝言で目が覚めるとは行儀が悪い。殿方が驚いてしまうわ。
苦笑しつつ辺りを見回す。
ん? ここは何処ですか?
見知らぬ部屋に見知らぬ寝具。飾り気のない真っ白な部屋。私が集めた自慢のティーセットが飾られた食器棚も見当たらない。
側仕えのメイドもいないし、朝食の準備もできていない。
あぁ、そうか……。
唐突に思い出す。自分が帝国妃を目指して宮中で華麗に過ごす日々は過去のものとなったことを。
追放されたのだった。
この『エリザベート・ミシェル・ラ・ナイアリス』は
その結末が、この粗末な小屋とは。
思い出すだけで怒りに打ち震える。全てを我慢して、全てを受け入れて、全てに耐えて、やっと、やっとのことで皇太子の許嫁の立場を手にしたのに、あの女……
「仕方ない。宿題をやらないと……」
ん? 私は何を今、口に出したんだ?
宿題……? 何だ? 誰だ? 私の頭の中に
少しの間、
「ふんっ!」
鼻息強く、思い出に浸るのをやめる。
つまらない。同情を引いてどうにか助けを求めているつもりか? 声に出さずに白馬の騎士が自分だけを助けに来ると信じているのか?
「バカが!」
苛立ちを一言だけ口にして目を閉じた。
暫くすると、閉じた瞳から幾筋かの涙が流れる。
「バカね……」
助けを求めれば良い。何なら戦っても良い。
でも、あなたに必要なことは、ただ逃げることだったのよ。
「自ら死ぬのは愚かよ……」
と、ここまで思い出してふと気づく。
「……いや、私も死を選んだはずよ?」
毒薬や身投げでは無い。誇り高きナイアリス家の女として、剣を心臓に突き立てた。
あの時の痛みと苦しみと、周りの驚く顔と、悲痛な皇太子のお顔。誇りを護った矜持と痛快さ。そして…………
「ああぁぁっ!」
突如に髪の毛が逆立つような怒り、顔の皮膚を自らの爪で引き裂かんばかりの恥辱、焦燥、後悔、数多の負の感情がエリザベートを襲う。
私は最後まであの女の掌で踊るマリオネットだった……。
その内に、手がだらしなく下がり、ぽてっと横向きにベッドに倒れ込む。最後まで残ったのは空虚な絶望のみ。
だが、もう終わった。終わったのよ。ここが天国か地獄かなんて関係ない。助かってしまったのなら、辺境の屋敷で一生を暮らすことに変わりはないわ。
「全て、終わったのよ……」
ベッドからのそのそと起き出して自らの服装を確認する。綿でできた粗末なワンピースに思えた。
「今の私には……お似合いよねっ!」
自虐的に微笑むと、腹立ち紛れに勢いよくカーテンを捲る。
――今、ここに、幕が上がる
見晴らしの良い三階の窓からは複数の路線のポイントが複雑に混ざり合う線路が見えた。その上を電車達は滑るように絶え間無く走っている。
「な、何なの……」
見たこともない景色に言葉を失う。
河川に掛かる鉄橋。その奥には都心のビル群が見える。
木々の緑色も確かに見える。しかし、圧倒的に不自然な巨大な建造物。全く理解の出来ない町並み。
どんな資金があれば、こんな街が造れるのよ!
「ここは…………ホントに…………何処なのよ」
――そう。エリザベートの新しい人生
「あれは……で、電車? 私は何故、名前が分かるの……」
知らない筈の名前が確かに頭の中にある。知らない恐怖の街。でも懐かしくもある街並み。
覚えのない思い出……覚えのない悪事……もう嫌だ。
「もう……もう、いやーーーーっ!」
直後に見知らぬ白い服を着た数人が入ってきた。
「カンジャ、ハ、コウフンシテイル」
「チンセイザイ、ノ、ジュンビ……」
何を喋っているの……恐怖、焦り、不審、全ての感情が掻き回されて、自分が何を叫んでいるかも分からない。
突然、白い服を着た者達が何かを腕に刺した。直ぐに頭の中が真っ白になって何も考えられなくなる。
「誰か……助けて……」
私は意識を失った。
――今、ここに、『
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