Episode10 お土産

 帰省の時期がやってきた。

 遠く離れた実家に住んでいる家族に久々に会えるのはうれしいが、帰省について一つだけ憂鬱なことがあった。

 帰省についてというよりも、帰省を終えてからの憂鬱といった方が正しいかもしれない。


 勤務先における円滑な人間関係の潤滑油として、帰省した際はは必ず同じ部署の人たちにお土産を買っている。

 お土産を選ぶ条件は、お値段的に高過ぎず安過ぎないのはもちろんのこと、何よりも常温で日持ちがする食品であること。

 さらには、必ず1個ずつ個包装されていて、社員が仕事の手を止めて切り分けたりする必要がないものであること。

 欲しい人が欲しい時に気軽に食べることができるようなお土産を選んでいるのだ。


 誰かに強制されてのお土産献上ではないし、お土産一つできめ細やかな心配りが行き届いていると評価まではされていないだろう。

 だが、社交辞令だとは思うが大半の人は「いつもありがとう」「美味しいですね」と言ってくれる。

 それに他の人が帰省や出張のお土産を買ってきてくれた時も、お礼の言葉とともにありがたくいただいている。

 たった一人を除いては。


 同じ部署の女性社員Z子だけは、人が買ってきたお土産に毎回毎回ケチをつけるのだ。

 Z子のキメ台詞ならぬケチ台詞の一部を紹介してみよう。

「定番にも程があるっていうか……」

「全体的に安っぽい。質より量って感じ」

「味もパッケージもイマイチなんだけど、なんでよりにもよってこれをセレクトしたのかな?」

「いかにも駅でテキトーに選んだっぽくて、素敵さが足りないじゃないですかぁ」

「しょうがないから、もらってあげますよ」

 といった感じに、毎回毎回こんなことを言ってくるZ子は生まれも育ちもこの地域で、今も自宅から通勤しているため、帰省というシチュエーションに直面することがないのだろう。

 しかし、プライベートでイベントや旅行に行った際などに、会社の皆にお土産――自らがセレクトした、皆の模範となるであろう美味しくて”素敵なお土産”――を買ってきたことは一度もない。

 人が買ってきたお土産にケチをつけるだけつけて、そのお土産が余っているようなものなら、「貰っちゃいますね~♪」と率先してバクバク食べている。


 こんなZ子だから、当然、周りから距離を置かれている。

 皆、大人だからあからさまな無視や嫌がらせなどはしない。

 ただ、Z子の得意気な「婚活していた頃は年収一千万以上が希望だったんだけど、さすがに条件下げたんだぁ。このご時世だし、収入はそこそこでもいいかなって思ってるの」や「私が何も言わなくても、察して動いてくれる男の人が好き。私のこと、ちゃんと分かってくれてるんだなって……」といった笑わせにきているとしか思えないトークには、皆、苦笑いで答えるばかりだ。

 本人は無邪気な毒舌小悪魔キャラのつもりなのかもしれないが、他部署の男性社員にまで嫌われていることには全く気付いていないようである。


 今回の帰省直前にも、Z子は「お土産よろしくね。今回は期待しているから!」と声をかけてきた。

 他の人は「気を付けて帰れよ」「実家でゆっくりできるといいな」とか言ってくれたのに、お土産、お土産、お土産か?

 どんだけ卑しく図々しいんだ?

 どうやったら人の気配りや好意を当然だと思い、さらなら要求までしてくる人間が出来上がるのか?


 壮絶にイラつきはしたものの、年に数回のことであるからスルーすることにした。

 相手にするだけ――言われた言葉を脳内で反芻してモヤモヤ考えるだけ――時間の無駄でしかないんだから。



※※※



 帰省後、いつも通り同じ部署の皆にお土産を渡した。

 不思議なことに、Z子は今回は何も言ってこなかった。

 今回の土産はお気に召したのか、それとも遅すぎるとはいえ会社での自らの言動を改めることにしたのかは分からないが。


 安心したのも束の間、帰り際にZ子に呼び止められた。


「実はね、先日、駅であなたを見かけたんだ。帰省からの帰り……キャリーバッグを引いて自宅マンションに戻る途中だったんだと思うけど、その時、あなたは地元の○○県で有名なお店の△△△の紙袋も持ってたでしょ。その△△△のお菓子は、私のために買ってきてくれたんだよね?」


「は……? △△△は半生菓子で日持ちがしないものだったから、”彼女”と家で食べたけど」


 ここまで、Z子とは女性社員同士のギスギスした関係かと思って読んでいた人もいたかもしれませんが、語り手である俺はれっきとした男であり、しかも彼女持ちです、はい。

 そもそも、男とか女とか抜きにして、日頃格別に世話になっているわけでもないうえに、図々しいうえに好感の欠片も持てない相手に特別にお土産など買ってくるわけがないと。


 当のZ子は目をひん剥いていた。かと思うと、ヒステリックに喚き出した。


「か、彼女がいたの?! そんなこと聞いてないわよ! 私を騙したのね?!」


「騙したって……俺の彼女の有無なんて業務に何の関係ないんだし、ただの同僚にプライベートなこと話す必要性は……」


「”ただの同僚”って酷い! 私、あなたのことずっと好きだったのに! 私の気持ちを察して、分かってくれるって思っていたのにぃ! あなたが買ってくるお土産にも可愛くツンデレなアピールをしていたのにぃぃ!! あなたがそのうちに『俺の田舎に来て、一緒にお土産を選んでくれないか?』って言ってくれるって思っていたのにぃぃぃ!!!」



(完)

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