Episode4 わ、私だって昔は可愛かったんだから!【※不快注意※】

 うちの会社のお局様(推定身長155センチ・推定体重90キロ)には、私を含めた若い女子たちは皆、辟易していた。

 お局様という悪意のある呼び方に加え、そもそもそういうあんたらだってもう”女子”と呼べる年齢ではないし、いずれは同じく年を取るんだぞ、という最もなツッコミだって多々入るのは承知の上だ。


 けれども、私たちが仕事の休憩時間、彼氏だの相席屋だのマッチングアプリだの婚活パーティーだのといった女子トークに花を咲かせている時に水を差してくるどころか、そのはち切れんばかりの重そうな図体で鼻息を荒げてグイグイと割り込んでくるのはいかがなものか。


「わ、私だって昔は可愛かったんだから!」

「私の全盛期なんて、あんたたちの誰一人として私の足元にも及ばないわよ!」

「私は歌だってとっても上手かったし、ただの顔とスタイルだけの女じゃなかったのよ!」

「日本中の男の子が私を恋人にしたいって列をなすほどの美貌といっても、過言じゃないぐらいだったんだから!」


 あーはいはい。分かりました、分かりましたよ。

 それなら是非とも当時のご尊顔を拝したく思います。


 ……という私たち女子一同の声なき要望を汲み取ったらしいGカップボディのG子先輩が「”やっぱり”そんなにお綺麗だったのですね。私たちとは明らかに一線を画すほどの美人だったとは……それなら、是非とも当時のお写真を見てみたいです」と褒めておだてて、お局様の自負心をタプタプと揉みこもうとしたのだが、「え、えーと……写真は残ってないのよ。引っ越したりとかいろいろでね。……とにかく、私だって昔は可愛かったんだから! 本当に本当に可愛かったんだからッ!」と、物的証拠は有耶無耶にされてしまった。


 というか、そもそも物的証拠自体、最初から存在しないのは明白だった。

 フレッシュな頃は可愛くてモテまくったというお局様の過去の栄光とやらは、お局様の脳内にのみ見えたフラッシュなのだろう。

 そのフラッシュがあまりにも強烈であったがゆえに、お局様はその偽りの栄光というか願望を自身の本当の過去であったと思い込もうとしているに違いない。

 痛々しいを通り越して、哀れというか、もはや何らかの病気を疑わざるを得ないというか……。


 お局様とG子先輩とのやり取りに、私たちは苦笑するしかなかった。

 顔を真っ赤にしたままのお局様がこの場を去った後、私の隣にいた同期入社のH美が「あのババア、絶対に頭ン中バグってるよね。年取っても、ああはなりたくないっていうか」とボソッと呟いていた。



 そんなある日のことだった。

 お局様を含めた私たち女子社員一同が社長室へと招集された。

 そこで待ち構えていたのは、言うまでもなく社長(推定年齢50代の男性)だ。

 うちの会社はお給料や待遇はそこそこいいも、社長はちょっと変わった人だった。

 科学者でもないのに妙な発明に凝っているだの、その発明に凝り過ぎたがゆえに奥さんや愛人たちに逃げられただのといった噂を私も聞いたことがあった。


 この日の社長は上機嫌だった。

 椅子に深く腰かけたままニヤニヤとし、私たち女子社員をジロジロどころか、ベロベロと嘗め回すように眺めてきた。

 そのうえ、その手には玩具が握られていた。

 玩具といっても卑猥な大人のオモチャなどではなく、子どもが遊ぶ水鉄砲のようなものであったが。

 コホンと咳払いをした社長は言う。


「一週間前の夜、ついに私の長年の努力が身を結んだのだよ……。君たちも私の功績について、是非聞きたいだろうから、より詳しく話そう。私の手にあるこのビームガンはね、武器ではなく利器、毒ではなく薬のようなものだ。女性限定で効く特効薬と言えばいいのかな。なんと、このビームガンで撃たれた女性の外見は、その”外見的魅力の全盛期”に変化するというか戻るんだ。……なぜ、こんなに詳しく知っているのかというと、私は逃げた元妻や4人の歴代愛人たちに実際にブッ放してきたからね。あいつらも最初は『人殺し』だのなんだのギャーギャー騒いでいたけれど、自身の変化に気づくと皆、私の元に戻ってくることを選択したというわけだ。……けれども、このビームガンは男には効かないから、5人もの若い女を同時進行で抱えることになった私の体力が持つのかという新たな問題が発生してしまったがね。まあ、腹上死することのないよう、ほどほどに頑張るつもりだ……と、それはさておき……」


 椅子から立ち上がった社長は、壁側のカーテン紐を引っ張った。

 シャシャシャーッという小気味良い音とともに、もう1人の私たちが……というか、壁一面に張られた鏡がそこに現れた。


「毎日、頑張って働いてくれている君たち女子社員にも、私のこの画期的発明の恩恵を授けたく思う。君たちだって、自身が一番綺麗だった頃の姿に戻りたいだろう? その方が我が社の男性社員の士気も上がるし、独身者は婚活が、既婚者は妊活が上手くいくと思わないか? ……正直言うと、君たちはまだまだ若いつもりなのだろうが、客観的に見て日々、着実に老けてはいっているよ。目の輝きや肌のハリ、髪のツヤ、ボディラインはやはり入社当時とは違ってるのは男の目から見ても明らかだ」


 この言葉に腸が煮えくり返りそうだったのは私だけではないだろう。

 年を取るのはそんなに悪いことなのか?

 若くて可愛くなければ女として認められないのか?

 若くなくとも、可愛くなくとも、私たちは私たちだ。

 こんなの男尊女卑野郎の戯言どころか、完全なるセクシャルハラスメント、人権侵害に該当する。


 だがしかし、結局、私たちは若返りの妙薬の誘惑には抗えなかった。

 いくら自分対比とはいえエクセレントでブリリアントでパーフェクトだった頃に戻れるという果実を目の前にぶら下げられて拒否することができようか。

 腸が煮えくり返るほどの相手に、犬が飼い主にお腹を見せるがごとく服従するしかなかったのだ。


 私たちは次々に社長のビームガンの洗礼を受けていった。

 「ちょっとだけヒリヒリとするよ。でも、痛いのは最初だけだからね」と、社長は次々に意気揚々と若返りのビームガンをブッ放してきた。


 3番目ぐらいにブッ放されたGカップボディのG子先輩は、もともと若く見えるタイプのためか最初はそれほど変わっていないように思えた。

 だが、よくよく見ると口角がキュッと上がり、フェイスラインもシュッとしているばかりか、バストトップの位置が数秒前とは明らかに違っている。

 今後、下降するばかりであったであろう乳首が……乳首が絶頂の位置へと引き上げられている!


 6番目ぐらいにぶっ放された同期入社のH美などは、女子大生ぐらいの姿に戻っていた。

 G子先輩の熟れ盛りは推定20代半ばだが、H美の場合は20歳前後であったか。


 H美は鏡に映った自身の姿を見て、感動の叫びをあげていた。

 叫ばずにはいられないようだった。


「やだ! これって、私が超モテまくってた頃じゃん! あまりにもモテまくったから、調子に乗って”ちょっとだけビデオにも出ちゃった”頃じゃん!」


 ……あんた、セクシー女優だったんかい。

 出演本数が少なかったためか、幸運にも今日の今日まで会社で身バレしていなかったであろうに、うれしさのあまり、迂闊にも自分から身バレしてしまうとか、脇が甘すぎる。


 いよいよ、私の番がやってきた。

 おそらく私もH美と同じ20歳前後に戻るであろうと予測していた。

 その頃の私はモテまくってもいないし、セクシーなビデオになども出てはいないも、自分なりにメイクやファッションを研究ならびに確立し、自分なりにキラキラと輝いていた頃だと思うのだから。


 しかし……

 ヒリヒリした痛みが肌に走ると同時に、私の目線はガクンと下がり、制服どころかブラジャーやパンティーもストッキングも急にブカブカになった。

 いや、ブカブカになったんじゃない。

 私が小さくなったんだ。


 一面ばりの鏡に映る私は、子どもになっていた。

 言葉通りの子ども。

 ピッカピカのランドセルを背負っているような”女子”になっていた。


 ……え?!

 私の外見的全盛期って、この頃だった?!

 なんで、私だけ……私だけ、本当の意味での”女子”に戻っているのか!?

 こんなの早過ぎるし、青過ぎるし、儚過ぎる旬としか……!!!


 私の予期せぬ変貌に、社長室は水を打ったように静まり返っていた。

 社長の「……元セクシー女優ならともかく、会社としてもさすがに子どもは雇えんよ。頭の中は大人だったとしてもね。これじゃあ女子社員じゃなくて、女児社員になってしまうじゃないか」の溜息交じりの言葉がやけに大きく響いてきた。


 え?

 私、クビになる?!

 嫌々ながらお腹を見せた相手にお腹を撫でてもらうどころか、首をスッパリ切られてしまうという残酷な仕打ちを受けてしまうのか。

 

「君の処遇については後で話そう。さて、残るは1人だ」


 そう言った社長は、お局様へのビームガンの銃口を向けた。

 社会人には到底見えない姿になった私など会社の歯車以下、というか放り出すゴミのごとき存在になったのは明白だった。


 お局様は後ずさった。

 推定身長155センチ・推定体重90キロのその体から滲み出ているのは恐怖一色であった。


「そ、それだけは止めてください! お願いします! いくら昔の私はここにいる誰よりも可愛かったといえども、私はこのままの姿がいいんですッ! このままの姿じゃなきゃ困るんですッッ!」 


 今まであれだけ私たちの女子トークに乱入してきて、「わ、私だって昔は可愛かったんだから!」とか聞いてもいないのに唾を飛ばさんばかりにまくし立ててきた痛々しいお局様が、いまや全身全霊で若返りを拒否している。


「あのね……君がこの会社に入ったのは今から15年ぐらい前だが、それより前にあったであろう君の全盛期なんて、今の君を見れば”推して知るべし”だ。多少体重が減るぐらいとしか……君はただ”この人”みたいに子どもの頃の姿に戻って職を失う可能性があるから嫌がってるだけだろう?」


 お局様は首をブンブンと横に振り続ける。


「子どもの頃の姿に戻ってしまう方が何百倍、何千倍もマシです! ……社長、お願いします! 私たちは同じ年の生まれじゃないですか! ”何十年も昔に過ぎ去った若い頃の日々はもう遠い時の彼方にある!” それでいいと思います! 過去は過去です! 戻れなくて、変えられなくて、消せないからこそ、過去なんです! 私は途中まではとても輝かしかったあの頃の自分の姿には戻りたくはないんですッ! このまま静かに暮らしていきたいんですッッ!!」


 社長とお局様は同じ年の生まれ、つまりは同い年だった。

 さすがに生まれ育った場所こそは違うだろうが、青春時代に流行っていたものや芸能ニュースや社会の出来事などをリアルタイムで少なからず共有しているということか。

 それに、”途中まではとても輝かしかったあの頃の自分の姿”とは何を言っているのか?

 いや、この女は結局、自分の嘘がバレるのが嫌なだけだ。

 昔は可愛かったなんて、嘘、嘘、大嘘だ。

 今も昔も変わらぬデブでブスで痛々しい姿を見て、思いっきり嘲笑ってやる。

 それに「子どもの頃に戻ってしまうなら、その方が何百倍、何千倍もマシです!」と言うなら、望み通りそうなればいい。

 私一人だけが、こんな目に遭わされるなんて不公平だ。 

 あんたも……あんたも道連れだ!


 私はダッと走った。

 幼い身体に絡みついてくるブカブカの制服と下着はうざったかったも、この中で一番身軽で一番皮下脂肪の少ない私は、社長の右手へとバッと飛びかかり、噛みつき、ビームガンを奪うことに成功した。


 そのまま私は即座にお局様にビームガンを放った。

 標的だけではなく、見物人たちからも悲鳴があがった。

 やった! やった、やった!

 大嘘の露呈か、仲間の獲得か、どっちに転ぶかは分からないが……。


 しかし、そのどちらにも転びはしなかった。

 お局様の制服も私と同じくブカブカになっていた。

 数秒前の半分以下の体重となったのは明白だ。

 だが、子どもの頃の姿に戻ったというわけではなく……そ、そ、そこにいたのは、折れそうなほどに華奢な身体つきの推定年齢18歳から19歳ぐらいの……ヘアスタイルにはやや時代を感じさせはするものの今まで見たこともないほどの超美少女であったのだ!!!


 ”見たこともないほどの”というよりも、明らかに一般人とは顔の整い具合が違っており、いわゆる芸能人仕様というか、テレビの中でしかお目にかかれないレベルの美少女と言った方が正しいのかもしれない。

 顔かたちが優れているばかりか、誰をも惹きつけずにはいられない天性のオーラまでをもその全身から放たれていた。

 嗚呼、まさに”彼女”のような人こそ、美貌と魅力というギフトを、天から贅沢にもセットで授けられて生まれてきた選ばれし者なのだろう。

 日本中の男の子が”彼女”を恋人にしたいって列を成していたとしても頷ける。

 

 お局様は、本当に可愛かった。超可愛かった。

 「わ、私だって昔は可愛かったんだから!」という言葉は負け惜しみや大嘘どころかその言葉以上の真実であったことが証明され、私は彼女を道連れにするどころか大きく引き離されてしまうという結果となった。

 私のみならず、ここにいる女の誰一人として絶頂期に戻ろうが何をしようが足元すら及びはしない。 

 それどころか、「なんと失礼なことを! 御見それしやした!」とひれ伏したくなるほどだ。


 でも、これなのになぜ、自身が一番綺麗だった頃に戻ることをあんなにも嫌がって、というか怖がっていたのだろう?


 私に噛まれた右手をさすっていた社長の顔が驚愕に塗りつぶされていっていることに、ふと気づく。


「……ア、アイドル歌手の花之園ユリカ? か、かつて抜群の美貌と歌唱力で人気を博していた花之園ユリカなのか?」


 え?

 やっぱり芸能人だったということ?

 しかし、私たちの世代では聞いたことのない名前だ。

 「あの人は今?」で探されるような懐かしの芸能人なのだろうか?

 

 驚愕に塗りつぶされつつあった社長の顔に、新たにもう一色の……恐怖という感情が混じりあい始める。

 

「い、いやでも、確か……花之園ユリカは…………今から30年以上昔の春先に、当時交際中の若手俳優の浮気に腹を立てて…………猟師をしていた自身の父親から盗んだ猟銃でその俳優と浮気相手だった女優の卵を路上で撃ち殺したばかりか…………凶行の目撃者となった通りがかりのアベック2人までをも撃った挙句に逃亡し…………その後、崖の上で遺書と靴が見つかったため、遺体こそ発見されていないも世間では自殺したものだとされてたはずじゃ…………」



(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る