チェインブレイブ
友京
第1話 混沌別ち、生命産まれて
「デアン・グロリアァァ…貴様はどこまでも私の邪魔をしてくれるッ!!」
「お前の陰謀もここで終わりだッ!ヤムッ!!」
漆黒と紫を基調とする禍々しい神殿、その最深部において斧を携えた若き男、デアン・グロリアとその三倍はある体躯に無数の触手を生やした異形が対立していた。
「死ねぇッ!!」
「ヌゥンッ!?」
破壊的な威力を持つ無数の触手を次々にデアンへと叩き込む異形、それらを斧で薙ぎ払うことで精一杯なデアンは前進を行えずにいた。
「がはぁッ…!?」
防ぎ切れなかった触手が
「ごほッ………」
一斉に集中させた触手の塊に胸から腹部までを貫くような勢いで突かれたデアンは大きく吹き飛ばされ、受け身も取れずに硬い床へと落下した。
「まだだッいたぶり殺してくれるッ」
(俺は…死ぬのか…?ここまで来て…)
薄れゆく意識の中でこれから自身を襲い来るであろう触手を視界に入れたデアンは自身の絶対的死を予感してしまった。
(いや…まだだッ…諦めてはいけない、俺は…勇者なのだからッ…!)
手放してしまった斧を右手で取得し最後まで抵抗を試みる決意を固める。瞬間、デアンの心臓が激しく高鳴った。
(なんだ…?この感覚は…)
元から磨きがかった立派な体躯が更に盛り上がり、真っ黒に染まった瞳は紅く変色していく。 犬歯は鋭さを増し、殴打により付けられた傷も塞がっていく。
自身の肉体に確かな変化を感じたデアンは勢いそのままにヘッドスプリングの要領で身体を跳ね上がらせ触手を引き裂いた。
「なんだとッ…死に体だったはずッ……」
(これならば…勝てるッ!)
低姿勢のまま全速力で異形へと駆け出すその姿はまるで獲物を見据えた猛獣の如く。
異形もまた全力をもって迎撃を試みるが、その全てを引き裂かれ、躱され、受け流され、必殺の制空権への侵入を許してしまった。
「貴様まさかッ…魔導にッ…!?」
「おおアアァァァッ!!」
飛び上がったデアンは勢いそのままに異形の頭へと斧を振り下ろす。 突き刺さった刃は止まることなく異形の肉体を両断した。
「ち……ち……ちくしょう………私の……肉体がッ……」
「……ッ終わりだな……ヤムッ……」
「ふッ……はっはっはっ……良いだろう……今回はお前の勝ちだ……」
「次なんてない……」
「どう……だろうなぁ……ふふふふふ……はははははは……あゴッ……デャっ……」
分かたれた肉体は液体のように飛び散り漆黒よりもドス黒い染みを残して異形は消えていった。
怪訝な顔でそれを見送ったデアンの表情は晴れることなく、心臓に痛みを感じて座り込む。
閉じていたはずの傷口も開き始めていた。
「ぐぅッ……」
「「デアンッ!」」
サングラスが印象的な男性・アストラと深紅色の長い髪をたなびかせる女性・ミオンがデアンへと駆け寄る。 二人は共にここに至るまでの激戦を思わせる傷を抱えていた。
「アストラ…ミオン…俺は…勝ったんだよな……?」
「勝ったに決まってんだろう、最後の瞬間だけはこのハンサムな瞳にばっちり刻みつけたからな」
「それより酷い傷…治療したいところだけどマガルがもうかつかつで治療術は使えないの…」
「俺のことはいい…だがヤムを…本当に倒したと言えるんだろうか…」
最後の言葉にどうしようもない不安を抱えさせられたデアンはドス黒い染みの残った床を見据えキッと睨みつける。
「最後まで心配性だなお前さんは…あんなすげぇ動きで振り下ろした斧でパッカーンと分断されたんだ、ヤムが怪物とはいえあんな目に合わされたらどうにもならんだろうよ」
「そうか…そうだよな…」
「デアン…」
自分を納得させるための言葉とは裏腹にデアンは不安の表情を崩すことは無かった。
そして月日は流れ――――
「いよぉお二人さん!」
「おぉ我が友アストラ!三年ぶりだな!」
「久しぶりますたぁ、相変わらず元気そう」
「俺の方はハーレムには未だ遠い今日この頃って感じだがどうやらお前さんらはアツアツの絶頂期ってところだな」
「からかうなアストラ、まぁようやく掴んだ幸せに身を任せている日々なのは間違いないが」
「ふふっ」
南の国、ベルヴェム公国領・ユヴァージュ村の奥地に建てられた小さな木造の家屋に住まうデアン、ミオン夫妻の元に訪れたアストラ。
ミオンの胸にはおくるみに身を包んだ小さな生命が寝静まっていた。
「ミオン、その子が例の…」
「えぇ…デアンと私の子…」
「ほっほほ…はぁ…!可愛らしい顔立ちじゃねぇか、こりゃ母親似だな!父親に似なくて良かったなぁ…」
「どういう意味だコラ…」
「お前さんの顔の遺伝子を継いじまったら女に苦労することが決まっちまって可哀想だろうが」
「ますたぁってば失礼、デアンは素敵な顔立ちですッ特に二重が映える鋭い目が素敵ッ!」
「はっはっはっ良い奥さんで良かったなデアン」
「…そうだな、未だに俺には勿体ないと思うよ」
「私がデアンにとって勿体ないでしょう!こーんな強くて優しくて勇気のある人を私が独占できて夢みたい!幸せッ!!」
「ミ…ミオン…」
「おぉおぉ、アッツアツ過ぎて俺のハンサムな瞼が火傷しちまうぜぇ」
赤面するデアンとミオンをからかう台詞を吐きながらアストラは両手で目を抑える仕草を行う。
愉快な空気が流れた狭い部屋で三人の笑い声が響き渡った。
「そういえば名前はなんて言うんだ?」
「アグルナム…俺の故郷の古い言葉で【勇者】を意味する」
「イニシャルAか…良い男に育つぜ。しかし勇者か…」
「この子には…俺達の戦いの記録を伝えていく」
「そりゃあいいな、関わった人間以外誰も信じちゃくれないあの日々がいつかお前さんの息子を通して大陸に轟くようなお伽噺にでもなってくれりゃあ…」
「この子には次代の勇者として育って貰う必要がある、そのためだ」
「もう必要な世の中でもねぇだろう。裏はどうか知らねぇが各国は友好ムード真っ只中だってのに」
「それがね、ますたぁ…」
ミオンが醸し出した不穏な雰囲気を察し取ったアストラはヤムを討ってなお険しい表情を崩さなかったデアンを思い出していた。
「デアン…ヤムはもう死んだんだ、いつまでも囚われるな」
「俺には…どうにも奴があのまま終わったとは思えんのだ」
「かぁぁぁ…ほんっとうに心配性だなお前さんは」
「俺が倒したヤムは不完全な状態に過ぎなかった、もし奴が完全なる姿で大陸に蘇ったその時は…」
「あぁ、わかったわかったもう良い。かぁしょうがねぇ、俺がお前さんの不安の種を摘み取ってやるしかねぇか…」
「?」
「俺が大陸各地を回ってヤムに復活の兆しがあるかどうか確かめてきてやるよ、それで良いだろう」
「ますたぁ…」
「気にはするなよ、ハーレム道中のついでに調べてやるだけのことだ。だからお前さんらはヤムのことは気にせず今ある暮らしに集中するんだ、いいな?」
「…悪いな、お前にはいつも迷惑をかける…」
「気にするなっつってんだろうが、間違っても息子に厳しく接しすぎるなよ」
「ふっ…ヤムの件が無くとも強い子には育てるさ、勇者の息子に恥じないようにな」
「かぁぁ大変だなぁお前さんも」
アストラは寝静まるアグルナムの頭を撫でながら優しげな声色で言葉をかける。
「んじゃ…俺はおいとまさせてもらうぜ」
「もう行くの?せめてご飯だけでも…」
「桃色の明日が俺を急かすんでな、ミオンの美食を味わえないのは残念だがな」
「アストラ…」
「またなお二人さん、幸せでいろよ」
背中を見せながら右手の人差し指と中指をくっつけて銃に見立てたジェスチャーで別れを示し、アストラは家屋から消えていった。
「デアン…仮にヤムがまた世界を混沌に導くとしても、この子にはあのような戦いの日々を送って欲しくない…」
「俺も…本心ではそう思う、だがこの物語に続きがあるのだとしたらそれを終わらせるのは俺達の子だと感じるのだ」
「勇者の…勘なんだね」
「あぁ…」
「繋がりの鎖…どうかこの子に平穏な日々を繋いでくれますように…」
首に下げた鎖を象ったペンダントを握りしめ産まれたばかりの生命に向けて祈りを捧げる。
この祈りが無下なものになるとは未だ知らずに―――
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