第28話 ソウルフード第二弾・ハトシ



 オーロラと鈴音が重なった生を意識してからおよそ半月。

 全て一気に身体へきたのかもしれない。

 フェイたちが去ったのちから一日経っても、ぐったりとベッドに伏したままオーロラは起き上がれなくなった。


「ほんとひどいよ神様…」


 枕にはらはらと涙をこぼしては吸わせながらオーロラは独り言ちる。


 そもそも、この身体には基礎体力というものがほぼ存在しない。

 懸命に調べ物をしていた時は執念で回していた気力も、立て続けに二度も素敵なおじさまたちに振られたとあっては、もうこのまま朽ち果てて良いんじゃない? と底をついた。

 今、オーロラは深窓のお嬢様らしく世を儚んでいる。


「あのう…。お嬢様あ? せっかく失恋を堪能のところなんなんですが…」


 ベッドの上でみのむし状態になっている主のそばへ行くなり、リラは寝具を遠慮なくめくってぴょこっと覗き込む。


「ううう…。リラ、ひどい」


「フランコ様もロルカ様も一瞬で燃え上がってすぐ鎮火したじゃないですかあ。あんなの一目ぼれのうちにも入りませんよう」


 可愛い顔と声をしているのに容赦なく傷を抉ってくれ、もう本当に朽ち果ててしまいたい。


「あ、そうそう。あのですね。これ食べたらきっとお嬢様も飛び起きるっていう人が来てるんですけど」


「…何にも食べたくない」


 ぷいっとそっぽを向いて、更に寝具の奥深くへ這って後退を試みるが、リラがさらに寝具を剝ぐ。


「まあまあ。そうおっしゃらずに」


 ぱかっと弁当箱のようなバスケットをまるで宝石箱を開けるようにオーロラの目の前で恭しく開いた。


「え…」


 ふわりと鼻腔をくすぐったのは揚げたパンの匂い。

 バスケットの中は紙ナプキンが敷かれていてそこにぎっしりと詰められていたのはサンドイッチサイズにスライスされたパンが四分割され、キツネ色に焼かれたもので。


「ハトシ…?」


 おそるおそる手を伸ばして、指で一つつまむ。

 ほぼ正方形のサンドイッチはかりっと揚げられていて、香ばしい匂いがする。

 口に入れてみると、海老とショウガの香りが舌に広がっていく。


「……」


 しゃくしゃくとそれを咀嚼して、こくりと飲み込む。


「リラ、これを持ってきてくれた人は? 応接室?」


「はい」


 すぐにベッドから飛び降りた。


「あ、お嬢様…! ちょっと…!」


 リラが止めるのを振り切って、裸足で駆けだす。

 寝室の扉をぶつかるように開けて、廊下を走り、応接室に飛び込んだ。


「…お嬢様。その恰好はさすがにちょっと…」


 接客中のロバートとナンシーは足音で解っていたのだろう、二人の眉間にしわが深く刻まれているが、構っていられない。


「あなた、誰?」


 ぺたぺたと裸足のままソファに座って寛ぐ客人の近くまで歩み寄り、尋ねた。


 背中に流した豊かな明るい茶色の髪、ぱっちりとした緑の瞳。

 溌溂とした印象の若い女性。


 会ったことはないが、相手は明らかに初めましてという顔ではない。


「ああ…。マジ? リアルオーロラって、こうなんだ。すごいね」


 にぱっと人懐っこい笑顔を向けられる。


「……」


 オーロラの頭の中で、考えられる人物はひとりしかいない。

 でも、口に出せない。


「ようやく会えたな。ずっと探してたんだよ、ねえちゃん」


「…美兎?」


「正解」


 肩の力が抜けて、その場に座り込んだ。





「うちは色々な食材を商っていてね。この屋敷にも料理の食材を一部卸していたの。で、料理人の奥さんから、今度面白い料理を作るって聞いた時に、あ、ここのお嬢様転生者だと思って」


 あとから追いかけてきたリラがオーロラにガウンを着せ、靴下も靴も履かせてくれた。

 それを中身が美兎である女性は興味津々の表情で眺めていた。


「豚カツのこと?」


「そうそう。エビフライの形状とかタルタルソースとか、もろ日本人でしょ。お願いして一種類ずつこっそり分けてもらって食べたの。そしたらコロッケの味がもろ高橋のだったから、もうすっごく嬉しかった。可能性としては、アスねえかスズねえかなと考えて、こっちも料理を持参してみたってわけ」


 末っ子の芽瑠は中学生だったしなんだかんだで甘やかしてしまい、ほぼ食べる担当なので微妙な味付けが独りではできない。

 そうなると確かに鈴音か阿澄の二択だ。


「ハトシなんて、家庭で作る人は近所でもうちだけだったものね」


 ハトシとは長崎の中華店などで作られる料理の一つで、海老を粘りの出るまで細かく刻んだものに、酒としょうが汁と塩か醤油をまぜてサンドイッチを四分割した物に挟み、揚げたものだ。

 作り方も味も色々あるが、鈴音たちはいったん蒸し器で蒸してから揚げる。

 ちなみに高橋の祖父の亡くなった妻が長崎出身だったため、元旦やお祝い事の時に作られる料理の鉄板メニューの一つだった。


「まさかこれをすぐに食べられるとは思わなかったわ…」


 ぽろぽろと涙を流しながら食べるオーロラをしげしげと見つめて感慨深げにため息をつく。


「いや、まさか、あの、オーロラ・ハートにスズねえが転生するとはね…」


 そう言う美兎はやはりゲームに出てこないらしく、現世ではミシェル・ライト男爵令嬢なのだそうで、年齢も前世と同じ二十歳だという。

 健康そうで、良かったとは思うのだが。


「そこのリラさんが、お嬢様はイケオジに振られて寝込んでます~って言ったから、ああ、これはスズねえしかないなと。スズねえは相変わらず分かりやすくっていいね!」


 前世と変わらずズバズバと歯に着せぬ物言いだ。


 とんでも暴露にオーロラは涙目のままキッっとリラへ怒りの視線を送るが、『感動の再会ですね~』とにこにこ笑っていて全く通じていない。


「こっちの世界でも失恋ばっかって、まったくスズねえときたらさあ…」


「なんでいつも私が良いと思う男はみんな既婚者かゲイなんだろうね! 私、何か悪いことしたのかなぁ!」


 おかげで仕事先のヨーロッパではさんざん振られた。

 失恋メーカーと美兎にあだ名されるくらいに。


 すっかりやさぐれたオーロラは、寝間着ガウン姿のまま、ソファの上で胡坐をかいてミシェルが持参したハトシをやけ食いし始めた。



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