ひどい家族だと思っていたら求婚してきた相手もひどかった

天野 チサ

01 第一印象はこいつ無理

 ――あ、こいつ無理。嫌い。

 それが第一印象だった。


 この日、継母と異母妹のミシェリアが揃って出かけたため、ルイゼリナは間違いなく浮かれていた。

 でなければ、来客に気付かず玄関ホールへ飛び出してしまうだなんて、そんな間抜けな失態を犯すわけがない。浮かれていたとしか言いようがない。


 そうして浮かれた結果。

 鉢合わせてしまった男を見上げた瞬間、背筋にゾワゾワと得体の知れない悪寒が走った。口元が引きつる。


 これらすべては、ルイゼリナの身体が目の前に立つ男を全身全霊をもって拒否しているせいだ。

 なにが、などと明確ななにかがあるわけではない。ただ単に、生理的に受け付けない。これに尽きる。


 はしたなくも、わずかに歪んだ顔に男も気付いたはず。

 だというのに。


「はじめまして御令嬢。アランデリン・ナイトレイと申します」


 ルイゼリナの態度など歯牙にもかけぬような丁寧な口調と穏やかな声で、男は挨拶を述べた。サラリとシルバーの髪が流れる。造形の良い顔に、良く通る低い声。美丈夫と言って間違いのない美形であった。


 なのに全身に鳥肌が立った。


 涼やかな紫色の瞳の奥が、獲物を狙うかのように獰猛な色を灯したことも、穏やかな声とは対照的に口元が牙を剥くように笑んだことにも、気付いてしまったのだから。

 ルイゼリナの目には軽蔑にも似た感情が浮かんでいたはず。なのに、男の笑みは愉快そうにより一層深まった。




 ルイゼリナ・ラードは伯爵家の長女として生まれた。


 だが完全なる政略結婚でしかなかった父親に、妻子への愛など欠片もなかったらしい。

 十歳でルイゼリナの母が亡くなって早々、愛人だった平民出身の女を後妻に迎え入れた。それが継母。

 そしてその後妻には、ルイゼリナと一歳しか違わない娘がいた。父親はもちろん同じ。つまり異母妹である。

 ここまで面の皮が厚いといっそ感心した。


 後釜におさまった継母は先妻の遺品をすべて金に換えて、当然のように家の金も使い放題だった。

 父親も金にがめつく強欲であるくせに、後妻とその娘にはいい顔をしたいという馬鹿らしいプライドがあるのだろう。二人がいくら浪費しようと咎めることはない。


 そんな男と女の愛の結晶が、異母妹ミシェリアである。

 先妻に似て黒髪に瑠璃色の瞳をした一見冷淡に見えるルイゼリナに対し、ミシェリアは継母と同じく日に当たるとキラキラと輝くローズゴールドの髪に新緑のような色の瞳を持つ愛らしい外見の少女だ。


 政略結婚でしかない前妻によく似た姉と、愛する後妻によく似た妹。

 父親がどちらに愛情を注ぐのかなど考えるまでもない。

 この両親に溺愛されて育てば妹の性格がどうなるかなど、これまた考えるまでもなく想像通りの仕上がりとなっている。


 つくづく、これはある意味ありきたりともいえる、最低な家庭環境ではないだろうか。

 揃いも揃ってろくでなしが揃い踏み。

 そのろくでなし全員がルイゼリナを厄介者とばかりに見下してくるのだが、そんなのお互い様である。


 おかげで家族と顔を合わせたくないルイゼリナは、すっかり引きこもり令嬢となってしまった。


 それでも母が存命のときから良くしてくれる家令やメイドが、なにかと気にかけてくれるので屋敷の使用人たちにまでぞんざいに扱われている、なんてことはない。悲観するほどひどい状況ではないと自身では思っている。

 これは思慮深く、周囲から慕われていた母のおかげだ。まあ、良くしてくれるのはごく一部の者たちだけではあるのだが。

 とはいえ、生活にはそれほど支障がないのでルイゼリナは気にしていない。


 子爵家出身だった母はあまりの優秀さに目を付けられ、ラード伯爵家からの強い要望で嫁いできたらしい。

 裏を返せば、それほど父親だけに伯爵家を任すのは不安があったということだ。引き換えに、強引な婚姻のおかげで夫婦仲は冷えに冷え切ったものとなったが。


 そんなこんなで、一日の大半を引きこもって過ごしているルイゼリナだが、継母とミシェリアが揃って王都まで豪遊しに出かけたときは別だ。

 ――別邸で過ごすわずか数日でパーティー三昧した挙句、毎回大量にドレスや装飾品を買い込んでくるのだから、これを豪遊と呼ばずになんという。


 二人は最新のファッションとやらをこれ見よがしに自慢してくるが、そんなものよりも継母と異母妹不在の自由と解放感の方が圧倒的に勝る。

 ルイゼリナにとってはドレスも宝石もどうでもいい。

 悔しがって過ごしているとでも思われているのだろうが、実際は踊りだしそうな軽やかな足取りで鼻歌交じりに廊下をスキップして悠々と歩き回っている。むしろ天国だ。



 とまあ、そうやって、いつものようにスキップでタランラと飛び出した玄関ホールが、人生の分かれ目になるとは誰が予想できただろうか。


 まさかそこに父親と客人がいるとは思わず、ルイゼリナは硬直する。

 焦る心を悟らせず気丈にも持ち直して、何事もなかったかのように母仕込みのカーテシーで客人に歓迎の意を示した。

 

 伏せた目を上げて見やれば、客人が紫色の瞳をわずかに見開く。だが、それは一瞬。整った顔はすぐさま笑顔を形作った。

 しかし反対に、ルイゼリナの顔はわずかに歪んだ。


(――あ、こいつ無理。嫌い)


 上手く説明することはできない。ただ、嫌いな人種であることは早々に理解した。


 ぐぐっと寄りそうになる眉根を必死で抑える。

 こんな生い立ちでこんな家に長く住んでいれば、危機察知能力は嫌でも上がる。迫る危険には、過剰ともいえるほど身体が反応するようになっている。

 その身体が一瞬にして警戒を最大値まで強めたのだ。同時にとどまるところを知らず上昇する嫌悪感。


 男のにこやかな笑みと、その瞳の奥でギラつく感情が全く伴っていない。

 口元は引きつくし冷や汗が延々と止まらない。


 ろくでなし人間は日々家族で見慣れている。

 だが、目の前の男はそんなやわな小物とは思えなかった。それが冷や汗となってルイゼリナの全身を伝い落ちている。


「はじめまして御令嬢。アランデリン・ナイトレイと申します」


 ――こいつ、絶対に関わってはいけない人間だ。

 ルイゼリナの直感が告げた。


 数日後、挨拶しかしていないこの男から縁談の申し込みが届いたと知り、再び震えあがる。


 ――やっぱり、あいつ、絶対にやばい人間だった……!

 予感が揺るがぬ確信となった瞬間だった。

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