第7話 VS イルス

「ではこの模擬戦の審判はわたくしが務めさせて頂きます。」


セレスがそう言ってオレとイルスの間に立つと、それを目安にセレスを中心に互いに距離をとる。


「へっ魔法も使えねーのにイキがんなよな。」


イルスがそう呟いたのが聞こえてきた。

分かっちゃいたが心底オレのことを舐めきってるようだな。


「(間違った道に進みそうな弟を教育すんのも兄であるオレの役割だよなァ…?)」


セレスはオレとイルスを交互に見ると右手を挙げる。


「では、どちらかがとします。双方準備はよろしいですね?…始めッ!!」


セレスが手を振り下ろすと同時にイルスから殺気や気迫とは違う圧が放たれる。


「【火球ファイアーボール】!!」


「!」


オレは火球がぶつかる瞬間、人差し指を親指で弾いたデコピンをした


風船が割れるような音と共に火球が弾ける。


「……は?」


何が起きたか分かってないであろうイルスが呟く。

イーシャと爺さん、ついでにアレスも唖然としている。


「な、何をしたのですか…!?」


セレスが震える声でオレに尋ねてくる。


「見てなかったのか?だけだろうが。」


「ッ!?」


オレはなんでもないように言う。

セレスが息を呑むのが伝わってくる。


「ふざけんな!!どんな卑怯な手を使いやがった!!!」


途端にイルスが激昂する。

しかし今は模擬戦とはいえ戦闘中、実戦ではそんな問答をしてる暇なんて本来は無い。

オレは瞬時に地を蹴り、イルスの後ろに立つ。


「怒鳴ってる場合か?」


「!?!!?!?」


イルスはパニックになって近距離で魔法を放とうとするが、魔法は一瞬ではあるがタメができる。


そして、戦闘中の一瞬は果てしなく長い時間だ。


「歯ァ食いしばれクソガキ。」


オレは死なない程度に力を入れて、イルスの頬に拳を叩き込んだ。

イルスは簡単に吹き飛び、2、3回地面をバウンドして止まる。


「かっ…げは…な、で…」


イルスは歯も何本か吹き飛んで、ほぼ瀕死になっていた。


「(しまったな、人を殴ったのは初めてだが…オレは思ったより強いらしいな。)」


オレは自分の手を開いて握る動作を繰り返す。


「さて…おい、早く治療してやれよ死ぬぞアイツ。」


オレは事態を飲み込めずに呆けているセレスに言うとハッとした後イルスに駆け寄る。


「イルス様!!」


イルスの横に膝を着くと手をかざす。

すると、手から緑色の淡い光を放つ。


「ほぉ…あれが治癒魔法ってやつか。」


セレスの手からイルスの時よりも弱いが、同じ類の圧を感じる。


「(もしかして…これが魔力か?)」


「お兄様。」


オレが感じた圧力について考察していると、横からイーシャに声をかけられる。


「ん、イーシャか。」


「分かってはおりましたが、勝利おめでとうございます。」


「いや、まだだ。」


イーシャは微笑みかけてくる、だがまだだ。


オレはイルスがセレスの肩を借りてヨロヨロと立ち上がるのを確認するとズカズカと歩み寄る。


「治ったな?セレス、お前は審判に戻れ。」


「「は…?」」


オレは拳をパキパキと固めながら言う。

イルスとセレスはそんなオレを見て意味が分からないといった顔をする。


「おい、寝惚けんなよセレス。お前が最初に言ったんだろうが、ってよ。」


オレがそう言った瞬間、2人は顔が真っ青になる。


「ま、待てよ!ノル兄さん!!」


「あ…?『兄さん』だ…?」


コイツ…ホントのオレの呼び方は『兄さん』なのかよ。

いっつも『おにーさま』としか呼ばれなかったから知らなかった。


「今日はおれの調子が悪い!!だから後日にしよう!!」


必死になって如何にも三下なセリフを吐くイルス、オレはそれを聞いた瞬間堪えられなかった。


「クククク…ハァーハッハッハッハ!!!!!」


目を手で覆って、急に笑い出したことでこの場の全員がオレを見る。


「はぁー…笑った笑った。」


一頻り笑って落ち着いたオレはそう言って、覆っていた手を下ろす。


イルスがオレの目を見た瞬間、さっきより顔が青く…いや、青白くなる。


コイツはどこまでオレをイラつかせるんだ…?


「なぁ、イルス。」


オレは平坦な声で名を呼び、歩み寄る。

イルスは何故か背筋を伸ばして俯いている。

そしてオレは目の前まで来ると頭に手を置いた。


「オレは『無能』だからよ…よく聞こえなかったわ。」


頭に置いた手のひら越しに震えてるのが分かる。


「もう1回、?」


「………ま、参りました…」


イルスは涙声で宣言した。


「ッ!そこまでっ!!勝者はノル様です。」


セレスが渋面を隠すこともなくそう告げた。

オレはそれを聞き届けると、臨戦態勢を解いてイーシャたちの方へ顔を向ける。


「チッ」


その瞬間、アレスが小さな舌打ちをしてゴミを見るような目をイルスに向けているのを見逃さなかった。


「…」


違和感


何か、見落としてしまっているかのような不快感をかんじていると、イーシャが喜色満面でオレに飛び込んできた。

オレは倒れないようにそれを抱きとめくるっとその場で一回転してイーシャを下ろした。

遅れてレリウスの爺さんも歩み寄ってくる。


「流石です!お兄様!!イーシャは感激しました!!」


「ふぉっふぉっふぉ、ホントに坊ちゃんは規格外じゃのぅ。」


「(こんなに嬉しそうなイーシャを見るのは初めてかもな…)」


オレは2人から賞賛を受けながら、久しく感じなかった達成感に浸った。


心に小さなシコリを残して。

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