彩る季節を選べたら
楸
0/Depths of the spring
0-1
◇
『最近の調子はどうすか』
携帯に表示されたひとつの通知。その通知の文面を眺めながら、それに対して喜ぶべきなのか、それとも憂いを抱くのかも迷っている自分がいる。
五月の春先、というか春末の空気感。少しずつ近づきつつある夏という季節は、いよいよ熱で気温を蝕むように湿気を漂わせている。
さっさと空調をつければいいのに、学校はそれに対してのアクションは未だにとろうとしない。六月かららしい、冷房をつけられるのは。そんな話を一昨日辺りに担任が話していたことを思い出しながら、俺は携帯の画面を見ないふりして机にしまいこんだ。
青空がよく見える。
俺の席は周囲から見れば当たりの席とも言えるものだろう。
窓際。黒板から一番遠い席。廊下からも遠い席。そこから覗いてくる部外者の視線も躱せる位置。なんなら景色に対しての見晴らしも素晴らしいときた。
……うん、喜ぶべきなんだろうな。
俺はそう思うことにして、先程しまいこんだばかりの携帯を取り出して、画面を点けた。
「おい高原。見えてんぞ」
……まあ、次の瞬間にその行動を後悔することになったんだけど。
◇
「高原、学校はつまらないか?」
授業中に俺の携帯を取り上げた重松という教師は、呆れたような視線を俺に移しながら、ため息をついてそう言った。
「いや、別にそんなことは――」
「あのな? 最近は携帯やらが昔よりも進化して、娯楽が増えて触りたくなるって言うのはわかるんよ。でもな? まだ高校生活始まって一ヶ月。ヤンチャな雰囲気をしているアイツらも、特に何か弄ったりしている様子はないの!」
重松は俺の声をかき消しながら、淡々と言葉を付け加えていく。これは何となく長い時間がかかるような気がした。
「教師としての経験で言うけどな? 五月におちゃらけるやつは全員、ぜーんいん! 後半もダレていくんよ! この時期でも気を抜かずに真面目にやっている子はまともに進級していく! それが今までの経験上で絶対のことや! まあ、六月からダレるやつも少なくはないけども、それでもソイツらはまだメリハリを持っちょる。だからな高原――」
「はいはい、まともに過ごせばいいんでしょ」
俺はウンザリして適当に返事をしてやった。それを聞くと重松は、またあからさまなくらいにため息を吐いて、小声で何かを呟く。俺に聞こえないように言われた言葉は、確かに俺の耳には届かなかった。
俺は彼の事務机に置いてある俺の携帯をとると、そそくさと職員室から逃げ出す。これ以上、大人の戯言に耳を貸す気はなかった。
◇
長い話は嫌いだ。
大人が話す昔話や経験談は特に嫌いだ。ああいうのには必ず主観で盛り付けられた話が大半になる。本当の事実を話せば、ちゃちなものにしかならないから、盛り上げのために彼らは脚色してくるのだ。
つまりは嘘の延長線、その上で話が長くなるというのだからタチが悪い。今のところ、長い話を聞いて得したことは一度もないから、さっさと退散するのが一番だろう。
時間帯はもう夕暮れ時。日中の授業中、詳細を付け加えるなら二時間目に携帯を没収されたので、その間手元になかった携帯の感触を味わいながら、俺は画面をつける。
画面を開けば、いつもよりも減っていない充電の量が嫌に目について笑える。自身がどれだけ携帯という利器に依存しているかが分かるような、そんな感じ。
通知は、特には来ていなかった。愛莉から来ていたメッセージ以来、来ていたのはフリマアプリのポイント失効についてのみ。家族からの連絡もゼロ。
……とりあえず、廊下で携帯を見つめ続けるのも居心地が悪い。
俺は一度教室に赴いて、荷物の支度をする。夕焼け時、誰かが残ることもない静かな教室を後にして、そうしていつもの場所に赴いた。
◇
「遅かったじゃないですか」
「絡まれたんだ、重松に」
物理室のドアはガラガラと音を立てた。その音に振り向いた彼女は、どこか不満げな態度でそう呟くので、俺はあったことを率直に返す。彼女の顔は納得していなさそうだった。
「しげちーはいい先生ですよ? 絡むなんてことないと思いますけど」
「しげちー……」
俺はそれから想像出来てしまった漫画のキャラを頭から振り払う。
「絡まれたのは確かなんだけどな。なんか色々言われたぞ」
「例えば?」
「だらしがない、この先が不安で仕方がない、メリハリがない、しゃんとしろ、とか」
「なんだ、正論ばかりじゃないですか」
「俺は正論が嫌いなんだよ」
彼女――伊万里は、くつくつと笑った。
肩にかからない短めの黒髪をしている。首が夕焼けに晒されているのが視界に入る。
伊万里は物理室においてある『ニュートンのゆりかご』をひたすらに指で遊ばせている。毎日、それで遊んでいるのを見ているから、どこかデジャブを覚えるような感じが拭えない。
「それで? 今日の活動内容は?」
俺がそう言うと、伊万里は遊ばせていた指から視線を俺に移す。
「そうですね。適当にお茶でいいんじゃないですか?」
本当に適当だと思える活動内容だった。
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