第21話 ネームド:デスポル
「…シーナ、心の準備はできてる?」
「はい。心得ています。今度は、逃げません。」
シーナを見れば、彼女の視線もボス部屋の遥か奥に注がれている。彼女の手元を見れば小刻みに震えているのが分かる。それでも、彼女は唇を噛み締めてまっすぐにヤツを睨む。
「よっしゃ、まずはウォーミングアップと行きますか!! 視聴者のみんなも見ててくれよな!! あと、拡散もよろしく!! それじゃ、いくぞおおおおおおおおお‼」
俺とシーナがコボルドキングへと駆け出す。
すぐにサラとリアの魔法が炸裂し、怯んだタイミングで俺とシーナが接敵して攻撃する。
【いけええええ‼】
【リアル魔法かっこいい】
【スピードはっや】
【やったれ‼】
初撃で1体仕留めた。
既にサラとリアは2枚目のコボルドキングに接近し戦闘を始めている。残り1体のコボルドキングの剣が迫るが、余裕を持って受け止める。
「シーナ、スイッチ!!」
「はい!!」
俺がコボルドキングの剣をかち上げて後退すると、すぐさまシーナが飛び込んできて敵のガラ空きとなった胴を横薙ぎに切り払う。コボルドキングのHPげゴッソリと削られる。
「これで終わりだっ!!」
コボルドキングが悲鳴をあげるところに踏み込み、トドメの一撃を叩き込む。…ちょうど隣でサラリアも敵を仕留めたようだ。分かってはいたが、拍子抜けするくらいに簡単に倒してしまった。
【え、もう終わり?】
【流石にあっさり倒しすぎやろ】
【肩透かしを食らった気分】
【この間までの5日間は何だったんだ…】
どうやら配信を通してだと、こちらの緊張感は伝わっていないようだ。
空気が張り詰めている。俺達はただ、ボス部屋の奥に鎮座する真のコボルドの支配者を見つめる。
…ネームドモンスター、デスポルが動き出す。
「こっからが本番だ。」
≪Gyaoooooooooooooooooonnnn!!≫
まるで遠吠えのような咆哮が鳴り響く。
さあ、本当のボスのお出ましだ。HPバーは相変わらず3本。
【うわ、ヤベーの出てきた】
【この間シーナちゃんを襲ってたヤツだ】
【画面上でも迫力ヤバいんだけどww】
【勝てるのか? これに】
【ハルくん、応援してる】@Asari
…コメント欄も盛り上がってきた。
左目に傷があるということは、シーナを襲っていたモンスターで間違いない。
向こうも俺のことを憶えているようで、爛々と燃えた右目が真っ直ぐに俺を捉えている。
「サラ、リア、シーナ。行ける?」
「もちろん。リア、今回は最初から本気で行くわよ」
「当然。全力で行く。」
「…必ず、倒します‼」
俺の問いかけに3人とも力強く頷く。
ここ一番での胆力は、流石の一言だ。なら、俺だって負けるわけにはいかない。
「それじゃあ、行くぞ‼」
ほぼ同時に4人が駆けだす。
挨拶代わりにデスポルめがけて大剣を思いっきり投げつける。
真っ直ぐ飛んだ大剣は、あっさりとデスポルの剣でいなされる。
…ここまでは想定済み。俺はそのまま鍛冶屋で買った剣を抜いて接近を続ける。
「おりゃよっ‼」
跳躍して切り掛かる。今度も剣で受け止められるが、押し込むような感覚がある。
サラとリアも軽い身のこなしで接敵し、短剣でダメージを与えていく。シーナも俺達に続いて安全な範囲で接敵しては攻撃し、離脱する。
≪Gyaaauu!!≫
何度か攻防を繰り返していると、突如、デスポルの顔が接近する。恐らく噛みついてくるつもりだろう。慌てて飛び退くが、すぐさま横から拳が迫り、そのまま俺は吹き飛ばされる。
「ハル‼」
「俺は大丈夫だ‼ 気にするな‼」
空中で叫び、そのまま壁に背中から衝突する。…一瞬息ができなくなる。
だが、その程度は小さい頃から道場の稽古で散々経験している。こういう時は何でもないように振る舞うのが一番だ。…あとは、笑うこと。
「はははっ‼ まだまだぁ‼」
俺は背中に戻っている大剣を再び投擲する。
だが、今度は一味違う。デスポルに向かって跳んでいく大剣に集中し、指輪を抑える。
「“サイコキネシス”」
オストル討伐の報酬の効果を試す時が来た。
真っ直ぐにデスポルへと飛んでいた大剣が軌道を変え、今度は命中する。
≪Gyaaaaaaaaa!! ≫
デスポルが苦痛の呻きを上げる。
HPゲージも少しではあるが目に見えるレベルで削れた。
…同接3万8千人は伊達じゃない。
「もういっちょ、喰らえ‼」
背中に大剣が戻ったのを確認して、再びの投擲。
今度もスキルによって不規則な軌道を描く大剣はデスポルの防御をすり抜けてダメージを稼ぐ。
「よっしゃ、行けるぞ‼」
有効打によって俺達の士気が一気に上がる。
サラとリアの動きもどんどんと良くなっており、デスポルも鬱陶しそうに2人注意を向けるざるを得ない状況が続いている。このまま押し切れる。
≪Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!≫
刹那、デスポルが再び咆哮を上げ、あまりの声量に思わずサラとリアが退避する
その時、デスポルと俺の目が合う。どうやら俺を先に始末するつもりらしい。
「いいぜ。かかってこいよ‼」
俺も大剣を抜き放って真正面でデスポルと向かい合う。
もはやデスポルの眼中にケモミミ姉妹もシーナも入らないようだ。
互いに剣を構え、そのまま一気に距離を詰める。
≪Gyaaaaaaaaaa!!≫
「うおおおおおおおお‼」
剣と剣がぶつかり合う。
攻撃力は恐らくほぼ互角。気づけば俺もデスポルも笑っている。
幾度となく剣がぶつかり合い、金属音と共に衝撃波が発生する。
ああ、楽しい。血はどこまでも熱く煮え滾り、頭はどこまでも冷たく冴えわたっていく。
もはやデスポルも引く気はないらしい。
背中にサラ達の魔法や攻撃が当たっても、完全に無視している。
…実際、3人の攻撃だけでデスポルのHPを削り切るのは難しいだろう。
「あはははは‼ お前、最高だぜ‼」
何合も、何合も互いの剣戟が交錯する。
ここまでくれば、あとは意地の張り合いだ。
公国のお姫様を攫おうとした怪物と、それを遮ってお姫様を助けた邪魔者。
両者に必要な
デスポルの攻撃を受け止めた俺はステップバックして、大剣を投げつける。
相手の視線がコンマ数秒だけ大剣を追う隙を狙ってデスポルの手元を思いっきり切りつける。
≪Gyaaauuu!! ≫
デスポルは小さく呻くも、俺に再び切り掛かってくる。
俺は斬撃を剣で受けとめようとし、その瞬間…鍛冶屋の剣が目の前で粉砕した。
「まずいっ‼」
咄嗟に身体を放り投げて斬撃を避けるが、バランスを崩して地面に手をつく。
まだ大剣は背中に戻っていない。見上げると、デスポルが俺に距離を詰めてきている。
≪Gyaou‼≫
振り下ろされた攻撃を転がって辛うじて避けるが、斬撃が俺の肩を少しだけ掠る。
…これだけで俺のHPの3割が消え去っている。まだ大剣は戻ってこない。
「あー、やっべえな」
乾いた笑いが喉を鳴らす。
怪物は笑う。さあ、忌々しい邪魔者の息の根を止める時だ。己の勝利を確信したデスポルは剣を振り上げる。
もう、お姫様を助ける者はいない。
「…ダメ。」
その時、シーナが小さく呟く。
お姫様が襲われた夜と、1つだけ違うことがある。
助けられたお姫様は、もう、ただのか弱いだけの存在ではない。
「ダメえええええええええええええ‼」
シーナが叫んだ刹那、真っ白な光が溢れ出す。
皇女を中心に放たれた光の奔流は、そのままボス部屋を飲み込んでその場にいる者たちの視界を奪い去る。
「え?」
眩い光が収束する。
突然の出来事にデスポルも呆然としているようで、俺はすぐに距離をとって体勢を立て直す。デスポルの視線は、先程までとは違った雰囲気を帯びたシーナに注がれている。
「これ以上、私の、私達の大切な人を傷つけることは、許しません‼」
そう言ってシーナもデスポルを睨みつける。
その瞳は深紅に変化しており、白銀の髪の先端も濃赤に染まっている。
そして、シーナが光を纏っていた。
「“光よ、我の愛する者達を護りたまえ”」
詠唱を始めると輝きが増していく。詠唱が終わり、シーナは剣を地面に突き立てる。
刹那、突き立てられた剣先を中心に淡い光が円になって広がっていく。
≪攻撃無効化:付与(1回)≫
≪防御力上昇;付与(2倍/5分間)≫
≪攻撃力上昇;付与(5倍/1回)≫
≪HP大回復:20%(5回/分)≫
俺の下に光が届いた時、メッセージが視界に浮かぶ。
どうやらバフのようだ。…これがゲームだったらシーナは環境キャラになれるな。
≪Gyaaaaaaaaaa‼≫
デスポルがシーナに向かって歩き出す。
俺はすぐさまシーナを守るようにデスポルの前に立つ。
「俺を無視して、どこ行こうとしてんだ?」
再びの対峙。しかし、今度は明らかにデスポルが焦っていた。
俺は大剣を抜き放って、剣を構える。気づけば同接は5万人に達していた。
シーナのバフを合わせると、次の1撃の攻撃力は約50万程度。…次で終わらせる。
「さあ、勝負だ」
俺はニヤリと笑って大剣を上段に構える。
高校時代からの馴染みの構え。これでお前に引導を渡してやる。
デスポルも剣を構え…地面を蹴る。
≪Gyaaaaaaaaaaaaaa‼≫
「うおおおおおおおおおおおお‼」
2人の咆哮が、剣が、影が、交錯する。
デスポルの刃が俺の横腹に迫る。しかし、僅かに俺の方が速い。
静寂。
「…楽しかったぜ」
奴に俺の呟きは届いただろうか。
目の前で光の粒子が弾け飛ぶ。
ネームドモンスター、デスポルは消滅した。
長い夜と、数日間の因縁が幕を閉じる。
勝利。消えゆく粒子を眺めて余韻に浸る俺に、3人の少女が飛び込んでくる。
【夢空ハルChannel】
『【釈明配信】弄らないでください…【異世界V】』
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