第7話 ネームド:オルクス


«Gyaaaaaaaaaaaaa!!»


超巨大なオークが咆哮を上げる。部屋の奥で2つの赤い瞳が揺らめく。


ビリビリと空気が震えるのを感じながら、俺は視界の端コメント欄に目を向ける。



【鼓膜終了】


【バケモンおるやん。めっちゃ怖え】


【聞いたことない声出てたな。音圧凄そう】


【やば、でっけぇ】



配信画面でもその存在感は伝わっているようで、コメント欄が一気にその速度を上げる。



「…ん?ネームド:オルクス。ってことはネームドモンスターってやつか。うわあ、HPゲージが3本もあるぜ、あいつ。」


「本当の意味での、このダンジョンの主ね。私も初めて見たわ。」



…なんか倒せる自信無くなってきた。



どうやら一定範囲まで近づかなければ戦闘は始まらないようだ。オルクスは奥の玉座に腰掛け赤く光る瞳でこちらを睨みつけている。



「3人で行けると思うか?」


「何言ってるの、あんた。ボス部屋からの撤退はできない。ここからの私達は、生き残るか、死ぬかしかの2択しかないのよ。弱気になってるなら、邪魔よ。」


「ここが漢の見せどころ。」


地味にリアちゃんが刺してくる。

しかし、こうなってしまったからには戦うしかない。


「分かった。俺も覚悟を決めよう。」




【よく言った】


【サラちゃん、リアちゃん、負けるな‼】


【がんばって】@Asari


【ケモミミ姉妹に怪我負わせたら許さない】



俺の発言にコメント欄も盛り上がっているようだ。…言うなら、多分“今”が一番だな。


「ってことで、視聴者の皆さんにお願いがあります。」



【ん?】


【どうした?】


【聞くぞ】



「もしかした気付いている人もいるかもしれないんだけど、俺の攻撃力と防御力はこの配信の視聴者同接人数に依存してるんだよね。因みに、俺のHPはチャンネル登録者数に依存してる。ほら、ここ。」



俺はそう言って、カメラを引き寄せて俺のステータスを映す。


この事実は俺の命を視聴者に渡すような物だから隠そうとも考えたが、この状況で背に腹は代えられない。……それと、公開する方が配信として面白い気がした。



「正直、同接乞食や登録者乞食に見えても仕方がないと思う。そこんところで不快になった人は申し訳ない。…でも、面白くないか? 皆の視聴がそのまま配信者のパワーになるんだ。だから、今だけでもいいから、見てってくれよ。」



【がんばって‼】


【なんというか、冷めたわ】


【俺は信じるぞ。】


【そもそもCGだろ?この配信。】


【拡散してくる】


【応援してる。頑張って】@東雲マリア


【ふぁ⁉】


【マリアちゃんwww】


【うせやろ。マリアちゃん降臨しとる】



コメント欄は賛否で綺麗に分かれている。正直、俺も視聴者なら冷めていたような気がする。…そんな時に、ある1つのコメントを契機に突如コメント欄の雰囲気が変わる。



「え? 東雲マリアさんって、あのアリアリの3期生の?」



超大手事務所所属Vtuberの東雲マリアさんがコメントをしていた。

彼女の所属する事務所は女性ライバーのみであり、異性コラボをしないことで有名だ。



…まあ、異世界にいる俺がどうこうなることはないのだが。



しかし、これにより一気に同接数が上昇していく。みるみるうちに5,000人に達しそうな同接数を見て、俺は腹を括る。



「よっしゃ、やってやろう。」



俺の表情を見たサラが近寄ってくる。

リアも姉に続くように俺の下に駆け寄ってくる。


「決心はついたみたいね。」


「おう。いつでも行けるぜ。」


「そう。なら作戦を伝えるわ。とは言っても、各々好きなように戦うしかないのだけど。私とリアは基本的に遊撃タイプだし、あなたとの連携も上手くいくとは思わない。」



…暗に戦力外ってことだな。



「分かった。無理のない範囲でやってみるよ。」


「そうね。これであなたが死んでも寝覚めが悪いし、生き残ってね。」


「お姉ちゃん、言い方が回りくどい」


「リア、うるさい。じゃあ、そう言うことだから。」



それだけ言うと姉妹は走り去っていく。

同接人数は8,000人に達した。俺も彼女達に続こう。



«Gyaaaaaaaaaaaaa!!»



3人が近づくと、ゆっくりとオルクスが立ち上がる。その巨体は裕に5mを超える大きさだ。大剣を握る拳が震える。



「ははっ、すげえや」



躊躇いなくオルクスへ駈け込んでいくサラ・リア姉妹を見て、つい感嘆が漏れる。


視界の端コメント欄では俺を応援するコメントが流れる。同接は10,000人。



俺達・・も行こう。こうなりゃ視聴者も一心同体だ」



大剣を握って俺も2人に続いて走る。

カメラはいつの間にか上空に移動しており全体の戦況を映している。



サラ・リア姉妹は猫の獣人らしい素早い動きと軽い身のこなしでオルクスの攻撃を避けつつ攻撃を仕掛ける。オルクスもそんな姉妹が鬱陶しいのか、剣を振って2人を追い払おうとしている。


俺はオルクスに近づくと、振り抜かれた剣を受け止めてみる。



ガキィィ



金属同士がぶつかった鈍い音と共に俺は吹き飛ばされる。

今のDEFは大体20,000前後。それでも吹き飛ばされるということは、そう言うことだ。



「もう少しか」



体勢を整えて着地した俺は再びオルクスに接近する。吹き飛ばされはしたが、ある程度は受け止められそうな手応えもあった。



「まだまだぁ‼」



俺は叫ぶと、今度はオルクスの懐まで一気に踏み入る。夢空ハルとしての身体はまさに俺の思い描く動きを実現してくれる。



「おりゃ‼」



そのまま大剣を振り上げてオルクスの胸に攻撃を当てる。


オルクスが苦痛の咆哮を挙げて俺を睨む。今の攻撃でHPゲージの5%程度が削れていた。



≪Gyuuuuaaaa!!≫



オルクスは剣を振り上げて俺に切り掛かる。

斬撃を大剣で受け流しつつ、今度は手首の辺りを切りつける。



「ハル、ナイス‼」



リアがそう言ってオルクスの首筋に短剣を突き立てる。徐々にダメージが加算され、オルクスのHPゲージは8割程度まで削れている。



「きゃっ‼」



その時、反対側にいたサラがオルクスの蹴りによって吹き飛ばされる。

蹴りを想定していなかったのか、サラは部屋の壁まで飛ばされて背中を打ち付ける。



「お姉ちゃん‼」



背中を打った衝撃で呼吸ができないのだろう、サラはすぐに動き出せない。そんな隙をオルクスが見逃すわけもなく、オルクスは一気にサラに接近する。



…間に合え‼


俺は全力で地面を蹴ると、座り込むサラの下に駆けだす。



ガキィィィィン



再びの鈍い金属音。

今度は受け止められた。


俺は大剣を盾のように使ってサラを庇う形でオルクスの剣を受け止める。

間に合った。そして、恐らくだが、同接数がさっきよりも多かったのだろう。



「マジで視聴者さん、ありがとう‼」



思わず叫んだ俺は力任せにオルクスの剣を押し返す。オルクスも先程よりも明らかにパワーアップした俺に戸惑っているようだった。



≪Gyuaa?≫



ギラギラとした笑みを浮かべる俺を警戒したのか、オルクスは距離を置く。その間に俺とリアはサラを支えて立ち上がらせる。


少し呼吸が荒いが、特段問題はなさそうだった。



「ハル、ありがとう。死ぬかと思った。」


「大丈夫だ。まだ戦えるか?」


「当然よ。」



力強く頷くサラに安心して俺は戦闘に戻る。

今の攻撃力を維持できているうちに戦いきってしまいたい。


「ファイア・アロー」


その時、数十個の鋭い火球がオルクスを襲う。

背後を見ると、魔法を放ったサラが歯を見せて笑っている。


「ここからは出し惜しみなしよ‼ リア‼」


「はーい。アイズ・アロー」


今度はリアが詠唱し、鋭い氷柱つららがオルクスに迫る。

…これがスキルってやつか。すげえ。



そして2人が俺の方を見てくる。



「…いや、俺はスキルなんて持ってないからな?」



いや、そんなノリが悪い奴を見るような視線を向けてこないでくれ。

まあ、俺は俺で、俺なりの強みがある。同接人数20,000人の力を見せてやろう。



「やったるで‼ これが攻撃力4万の一撃だ‼」



俺はスキル攻撃にたじろいだオルクスに駆け寄る。心なしか身体能力も上がっている気がする。



「おりゃあああああああ‼」



俺は勢いそのまま跳躍すると大剣を振り下ろす。

斬撃はそのままオルクスの右肩に直撃し、HPゲージの1割強を削り取る。



…残りHPは5割弱。悪くない。



「このまま押し切るよ‼」


サラがそう言った、その時。

今度はオルクスが不敵な笑みを浮かべて俺達を睨む。



≪Guaaaaaauaaua!!≫



それは詠唱だった。

今度は俺達に数多の岩石が降り注ぐ。



「大丈夫か‼」



大剣で何とか岩石を受け止める。

確認するとサラ・リア姉妹も岩石を避けて難を逃れたようだった。



「向こうもこっからが本気ってことだな。」


「そうね。ファイア・アロー‼」


「アイズ・アロー」



スキルの使えるサラ・リア姉妹が遠距離攻撃を始める。仕方がないが、俺は接敵するしかない。



「気を付けてね‼」


「おう」


サラ・リアに見送られて俺はオルクスに駆け寄る。次の瞬間には岩石が俺に迫ってくる。大剣でそれを受け止めるが、なかなか近づけない。



「しまった‼」



岩石を耐え前を向いた瞬間、俺にオルクスの剣が迫っていた。


慌てて大剣でオルクスの剣を受け止めるが、鈍い感触と共に、俺の大剣が宙を舞うのが見えた。



…終わった。



遠くで大剣が落下する音が響き、俺には再びオルクスの剣が迫る。


何とか避けて大剣を拾うしかない。そう思ってステップを踏んだ瞬間、俺の背中に重い感覚が宿る。



背中に手を回すと、そこには先程飛んでいったはずの大剣・宵闇があった。


俺は必死に頭を回転させ、そして結論付ける。これは恐らくステータスの【専用武器:夢空ハル】の効果だ。主の手元を離れた武器が自動で主の下に戻ってくる。



「それなら…‼」



俺は大剣を抜き放つとオルクスの剣を受け止める。先程よりも一撃が軽い感覚がある。それだけ防御力が上がっているということである。



そして、そのまま俺はオルクスに大剣を投げつける。主の下に武器が帰るのであれば、投擲した武器を拾いに行く必要もない。



≪Gyaaaaaaaaa‼≫



大剣がオルクスの左目に突き刺さり、オルクスは絶叫する。


どうやらクリティカルが入ったようで、一気にHPゲージの2割強が削り取られる。


直後にサラ・リアのスキル攻撃も刺さり、オルクスは身体を仰け反らせる。

残りのHPゲージは約2割。攻撃2回で行ける。



「うおおおおおおおお‼」



俺は叫んでいた。俺は走っていた。

それはほぼ無意識だった。沸き上がる闘志だけで俺はオルクスに駆け寄る。


跳躍しながら握りしめた大剣で切り上げ、そのままオルクスの首を切り落とす。



刹那の静寂。



そして、、、遠のくオルクスの咆哮。



光の粒が部屋中に飛び散る。

キラキラと輝く粒子は、戦闘を終えた3人を祝福するように輝いていた。






【夢空ハルChannel】

『【ゲリラ配信】ダンジョンボスと戦いますwithネコミミ姉妹【個人V】』

最大同接︰22,000

高評価数︰560

登録者数:2,020(+1,540)

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