第36話 黄昏の時



 

 王都での戦いと時を同じくして——。

 王国の軍事基地であるカルナック基地を巡り、王国軍と帝国軍による激しい戦いが巻き起こっていた。


「制圧せよ」


 帝国軍に対して指揮官であるアウルゲルミル公爵の命令が響き渡る。

 アウルゲルミル公爵は、鎧兵器の中でも屈指の力を誇る"フェンリル"に乗り、自らも最前線に出て戦いに参加していた。


「死守せよ!帝国軍を一歩も通すな!」


 そんな帝国軍に対して基地の守備隊と共に、王国軍の増援である王国艦隊と艦隊を率いている提督のハルガ・ケリドウェンが操る特殊型鎧兵器"スヴェル"が立ち塞がった。


「私の娘……イルザの眠るこの国は絶対に守り抜いてみせる!」


 ハルガ・ケリドウェンは、フリッカの今は亡き親しい戦友だったイルザ・ケリドウェンの実の父親だった。

 そのため、娘を帝国軍に殺されたハルガは人一倍王国を守りたいという思いと帝国軍に対する深い憎しみを抱えていた。


「全てを反射する"スヴェル"の盾よ!その力で王国を守りたまえ!」


 国王から与えられた黄金に輝く盾を装備した特殊型鎧兵器"スヴェル"の力をもって、ハルガはアウルゲルミル公爵の操る"フェンリル"へと相対する。


「王国の特殊型鎧兵器か……では、その力見せてもらおうか」


 だが、立ち塞がる"スヴェル"の姿を見てなおアウルゲルミル公爵は余裕を崩すことはなかった。


端末型攻撃武装ブリューナク全機展開……!征け、我が眷属達よ!!」


『全機展開します』


 アウルゲルミル公爵の命令に応えるように、"フェンリル"が搭載していた七十二機の端末型攻撃武装を展開した。


 格納している余剰次元の扉が開き、総数七十二機の端末型攻撃武装が次々と戦場に出現する。


 その端末型攻撃武装の搭載数は、鎧兵器としては"スルト"に次ぐ圧倒的な数だ。


「敵鎧兵器の"解析"を開始。王国軍の鎧兵器にも我が"フェンリル"の進化の糧となってもらおう」


『解析機構始動』


 アウルゲルミル公爵の不敵な笑みと共に、"フェンリル"が展開した七十二機のビット兵器から放たれた眩く輝く魔力砲の雨が降り注いだ。


 それは、あまりにも規模が違う攻撃だった。

 ゆえに、いくら特殊型鎧兵器といえども、普通ならただでは済まないはずだ。


 しかし、その雨のように降り注ぐ破壊の光の雨は"スヴェル"には効かなかった。


「絶対反射盾展開!自らの攻撃で滅びるのだ!」


 特殊型鎧兵器"スヴェル"。

 その固有能力は"反射"。

 実弾・光学兵器を問わず、古代アースガルズ文明の技術力で対応可能なあらゆる攻撃を反射する盾を展開する能力を持っている。


 "スヴェル"の装備する黄金の盾が光輝き、機体を覆う球状の光の幕を展開すると、降り注いだ魔力砲の雨はその光によって見事に反射され、そのまま"フェンリル"へと殺到した。


「能力は"反射"か……良い能力だ」


 あらゆる攻撃を反射する"スヴェル"の力に、アウルゲルミル公爵も感嘆の声を上げた。


 しかし、攻撃を反射されたにも関わらずアウルゲルミル公爵には焦り一つなかった。


。"次元断層障壁"を選択。展開せよ」


『次元断層障壁展開します』


 アウルゲルミル公爵の命令に応え、フェンリルが障壁を展開した。


 "次元断層障壁"。

 それは、フリッカがリンダ姫のために起動した戦闘母艦"フリングホルニ"が誇る絶対防御の障壁。

 かつて解析し、再現することに成功したその障壁を展開することで、アウルゲルミル公爵は"スヴェル"によって反射された魔力砲の雨をあっさりと無効化した。


「どうだ? 解析は終わったか?」


『解析完了。絶対反射盾貫通機構構築成功。ただ、絶対反射盾そのものの模倣再現にはもう暫く時間がかかります』


「よし、を開始しろ」


 アウルゲルミル公爵の命令と同時に、"フェンリル"が禍々しく輝く眩い光に包まれた。


 それは、"フェンリル"の能力が発動した証。


 解析した情報を基に、"フェンリル"が新たな力を獲得し進化した時に発せられる輝きだ。


 そして、"フェンリル"は"スヴェル"の反射の力を克服した。


「解析能力再現。"最適な形態に変化"+"必中魔力砲"を選択」


『形態変化開始。絶対反射盾貫通機構と必中魔力砲の能力を全砲撃に適応します』


「砲撃せよ」


 砲撃に特化した形態へと変化した"フェンリル"から無慈悲な砲撃が放たれる。


 全てを反射する黄金の光の盾さえも容易く貫く赤紫色の破滅の光が"スヴェル"に対して降り注いだ


「許さん……許さんぞ……ムスペル帝国!!」


 王国を守る"スヴェル"の絶対反射の盾はいとも容易く破られた。


 "スヴェル"の機体は魔力砲に貫かれ、瞬く間に戦闘力を消失していく。


『絶対反射盾の模倣再現に成功』


「ふん、ならば最早用も無い……トドメを刺せ」


 そして、憎しみの言葉を叫ぶハルガのいる操縦席にも、禍々しく輝く"フェンリル"から放たれたトドメの魔力砲が迫った。


「すまない……イルザ」


 機体を魔力砲で穿たれ、最期に守れなかった娘と国のことを想い、ハルガ・ケリドウェンもまた、花のように咲いた爆炎にその身を焼かれ命を落とした。


 その後、特殊型鎧兵器を失った王国軍と基地の守備隊に対して、フェンリルの七十二機のビット兵器による砲撃と、帝国軍の鎧兵器部隊から嵐のような猛攻が降り注いだ。


 そしてついに、ムスペル帝国軍という名の侵略者達の圧倒的な力に蹂躙され、王国軍は壊滅し、攻撃によって廃墟と化したカルナック基地は制圧された。


『アウルゲルミル様、ご報告したいことが……』


「なんだ?」


 しかし、基地を制圧し終え帰艦しようとしたアウルゲルミル公爵に、突如、部下から緊急の報告が入った。


『それが……王国軍に敗れ、シグムンド殿下が王国側に捕らえられました!』


「なんだと!?」


 その報告を聞き、アウルゲルミル公爵はその日初めて焦りを見せた。


 皇太子であるシグムンドが捕虜にされたのは、帝国にとって余程の一大事だったからだ。


『それと、この事態を受けて皇帝陛下からも新たな御命令が……』


 しかし、部下からの報告は尚も続いた。

 それも、本国の皇帝からの命という最重要の事柄についてのものだった。


『"スルトの鍵の確保を最優先とせよ!"……それが、皇帝陛下から発せられた御命令です』


「………それは、皇太子殿下を見捨てる……ということか」


 その容赦のない命令を聞いて、アウルゲルミル公爵は天を仰いだ。

 しかし、如何に公爵といえど皇帝からの命令には逆らえない。


「……仕方あるまい。進撃準備が整い次第、我々はニューグレンジ基地の王国軍の残存戦力を叩きに向かうぞ!……王国軍を壊滅させ、今度こそ確実にリンダ・ミズガルを捕えるのだ」













 カルナック基地が陥落し、帝国軍が捕虜となった皇太子であるシグムンドの存在を無視してなおも進軍を続けているという情報は、帝国軍が去ったことで平穏を取り戻したはずの王都にも伝わった。


 さらに、その報せは、たちまち戦禍を乗り越えたばかりの王都の人々の間にも広がり、かつての戦禍から這い上がりつつあった人々の心に、重く、冷たく響き渡った。


 喜びと希望が絶望と恐れに急速に塗り替えられていく中、街の隅々まで不安が静かに、しかし確実に広がっていた。


「また、帝国軍が来るのか……」


 王都の人々からは、深い憂慮の声が聞こえた。かつての侵攻で味わった恐怖と絶望が、再び掘り起こされようとしていた。


「はは……そもそも、帝国相手に戦うのが間違いだったんだ……」


 人々の中には、絶望に打ちひしがれる者もいた。全てを諦め、命の火を消そうとする者の嘆きの声が、王都の暗闇に響き渡った。


「……そっか。ケリドウェン提督——イルザのお父さんが」


 そして、その知らせは、久しぶりに王都の墓地を訪れていたフリッカの耳にも入っていた。


 明日、王都で新たな女王の即位式が行われる。

 その式ではフリッカも正式に叙勲を受ける。

 そこで、フリッカはかつての戦友達へこのことを報告するために戦死者達が眠るこの王都の墓地へと来ていた。


「ごめんね……イルザ、シュルド」


 "イルザ・ケリドウェン"と"シュルド・グウィディオン"。


 墓跡にその名が刻まれた守れなかった二人に対して、フリッカは謝罪の言葉を口にした。


「……結局、私はまた間に合わなかった」


 その言葉には、深い懺悔の念が滲んでいた。

 姫様の父ルテニア国王、イルザの父ハルガ・ケリドウェン。

 二人を死なせてしまったことをフリッカは深く悔いていたからだ。


「……私ね、騎士になったんだ。イルザによく似た綺麗な姫様を守る、シュルドが憧れていた王族の護衛騎士になったんだ」


 けれど、同時にフリッカの顔には強い決意もまた宿っていた。


「明日、姫様は新たなこの国の女王になる。そして、姫様を守る私は、女王陛下を——そして、王国を守る最高位の騎士に選ばれたんだ」


 



「だから、私はもう迷わない。これからは、私の持つ全ての力を使って必ず全部守り通してみせる!……だから、見ていてね」




 

 フリッカは二人に誓った。

 その声には、強固な決意と未来への約束がこめられていた。


 フリッカはこれまでに一つの手段を残してあらゆる手を尽くしてきた。

 けれど、それでも戦争は終わらず、守り抜くには力が足りなかった。


 だからこそ、力が必要だ。あらゆる不可能を可能にする神の如き奇跡の力が。


 これ以上何も失わないために、全てを守るために、全てを終わらせるために。


 守れずに失い続けたフリッカは、ようやくその身に宿る力を使う最後の覚悟を決めたのだ。


「……決めたよ、"スルト"」


 二人への報告を終えると、フリッカは通信機越しに遥か彼方でを待ち望んでいる"スルト"本体へと話しかけた。


『後悔はありませんか?』


「ないよ。だって、これからは全てを守る力が必要だからね!」


 "スルト"の確認の言葉にも、フリッカは明るく、力強く答えてみせた。


 そこにはもう、運命に怯える少女の姿はなかった。


 新たな女王に仕える、最強の姫騎士の姿がそこにあった。






 そして、フリッカはついに——





「"黄昏の時きたれり"……アースガルズ王家の末裔フリッカ・アグナル・アースガルズの名において命じる」





 最後の厄ネタを解き放つ決断を下した。





「来い、"スルト"……そして、私に仇なす存在全てを焼き払え……!!」


 全てを守る、全てを終わらせる——そんな不可能さえも可能にしてしまう究極の力——






 "王権ユグドラシルコード"を確認。


 全能統合機構システム・オーディン————起動。


 脅威対象殲滅機構システム・トール————起動。


 法則・概念・因果律操作機構システム・テュール————起動。


 情報観測機構システム・ヘイムダル————起動。


 情報操作機構システム・ロキ————起動。


 機体進化機構システム・フェンリル————起動。


 環境再定義機構システム・フレイ————起動。

 

 生命隷属機構システム・フレイヤ————起動。


 終末機構システム・スルト————起動。


 ……その他全機構システム及び全武装機能正常。

"銀河の炉心ユグドラシルドライブ"起動。超次元情報通信網再ネットワーク構築……銀河の全アースガルズ文明のシステムへの接続に成功。


『銀河間護衛戦闘鎧兵器"スルト"が起動しました。これより本体をミズガル王国へと顕現させます』


 最強の鎧兵器"スルト"を起動した。


 





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50話にしてようやくタイトル通りの無双が始まりました……。

このままタイトル回収も目指して頑張ります!

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