第34話 選択の刻


 戦闘の渦中。

 "フリングホルニ"の艦橋は緊迫した空気に包まれていた。


 突然、ミズガル王宮から届いた通信。その内容は衝撃的なものだった。


『——さもなくば、ミズガル王国現国王——父上を処刑する』


 そして、言葉と共に"フリングホルニ"の艦橋に裏切り者のハーゲンに銃口を突きつけられた男の姿が写し出される。


 ミズガル王国国王ルテニア・ローズル・ミズガル。

 男はリンダ姫の父親に当たる人物だ。


 その姿はやつれており、国王の証である王冠も、身に纏っていた威厳ある装飾も全て奪われ捕虜としての質素な身なりをさせられていたが、それでもリンダ姫には、映像に映っているのが自身の父親であることが一目で分かった。


「お父様……」


『さあ、武装解除しろ』


 ハーゲンが要求を突きつける。

 父親を犠牲に戦い続けるか、父親を救うために降伏し、その身を帝国に差し出すのか。

 それは、リンダ姫に究極の選択を迫るものだった。


『我が妹よ……いい加減目を覚ませ。ムスペル帝国相手に戦うなんて無駄なことはさっさと辞めてしまえよ』


 さらに、ハーゲンは諭すように言葉を続ける。


『王国軍全軍と互角の戦力を持つ十二家の伯爵家軍。王国軍を一家で凌駕する軍勢と神話に伝わる最上位の鎧兵器"フェンリル"を有するアウルゲルミル公爵家……そして、そのような強大な帝国貴族達をも束ねるムスペル帝国皇家』


 ムスペル帝国という国の強大さを——


『王国に勝ち目などあるはずがない。お前が一時的にいくら奇跡を積み重ねて戦っても、奇跡はそう長くは続きはしないぞ』


 いくら奇跡を起こそうと、それが永遠に続くわけではないことを——


『帝国には未だ数多くの戦力が控えている。ミズガル王国に侵攻していない残り八つの伯爵家の軍勢……古代アースガルズ文明の遺跡から無限に産み出される鎧兵器……他国との戦争に興じている皇族達……そして、彼等彼女等が操る我が国の"ロキ"と同じ、神話に名を連ねる古代アースガルズ文明の最上位の鎧兵器達……』


 如何に帝国相手に勝ち目がないかを——


『例え、お前が無駄な抵抗を続けても、帝国相手に勝ち目などありはしないのだ』


 ハーゲンはリンダ姫へと語った。

 そして、ハーゲンはリンダ姫へと問うた。


『戦争は終わらず、負けると分かりきった無駄な戦の為に、お前は一体どれだけの王国の民を犠牲にするつもりなんだ?』


 リンダ姫はそのハーゲンからの問いに押し黙るしかなかった。


 これまでにも自分の命で多くの軍人達に犠牲を強いてきた。


 そして未だ終わる気配のない戦いは続いている。


 その重みを肌で感じてきたリンダ姫にとって、簡単に答えられるものではなかったからだ。

 

 しかし、ハーゲンは返答に躊躇しているリンダ姫の様子を好機と見て、更に迫った。

 

『よく考えてみろ。帝国に降るのが最善だとわかるはずだ。起動権も持たない価値のない連中ならともかく、俺たち選ばれし人間は帝国もそう無碍には扱わない。特に、リンダ……お前なら皇妃だって狙えるぞ!』


 ハーゲンは欲望に染まった顔で、都合良く美化して降伏するメリットを語る。


『いずれこの星の人類を統一し、古代アースガルズ文明と同じ天上世界宇宙へ至る国の皇帝の妃……どうだ?最高だと思わないか?』

 

 壮大で、だが、リンダ姫が降伏すれば実際に叶う可能性は充分に考えられる未来をハーゲンは熱く語った。


「そんなもの……」


 だが、それでもリンダ姫は降伏の誘いに乗らない。


『……まだ迷うか。ならば、父上にも手伝ってもらうとしよう』


 そこで、ハーゲンはリンダ姫を降伏させるべく、さらに強く銃口を父親であるルテニア王へと突きつけた。


『さあ、父上……貴方の命とこの国の民の為、どうかリンダを説得してください』


 ハーゲンは父親——ルテニア王の言葉で、頑固なリンダの意思を挫いて降伏の言葉を引き出そうと考えたのだ。


『リンダ……』


 すると、ルテニア王が深く息を吸い込み口を開く。


「お父様……」


 捕えられた父の言葉に、リンダ姫は耳を傾けた。


 そして——


『お前に、この国を託す』


 ルテニア王の口から衝撃の言葉が発せられた。


『は?』


「お父様!?」


 その言葉にハーゲンもリンダ姫も激しく動揺する。

 だが、ルテニア王は尚も力強く言葉を続けた。


『私に構うな。ゲイルロッドに降るな。新たな王としてお前がこの国の民を導くのだ!』


『な、何を言っているんだこの……!』


 予想外の事態にハーゲンは怒りに震えた。


 命を握られているはずのルテニア王の言葉が、完全に自身の思惑から外れたものだったからだ。


 激怒したハーゲンは、リンダ姫に降伏を促す言葉を吐かせる為に、すぐさまルテニア王へ激しく暴行を加えた。


 それでも、王は屈しなかった。


『希望はある……だから、リンダ……』


 国を守る王として、愛する娘の父親として、もう言える事が少ないと悟ったルテニア王は、最後の言葉をリンダ姫へと送った。


『新たな王としてすべき事をなすのだ!』


 その瞬間、ハーゲンのルテニア王に対する怒りが頂点に達した。


『……!!この、愚王めが!』


 直後、激情に駆られたハーゲンが突きつけていた銃の引き金を衝動的に引いてしまった。




「お父……様……?」

  


 


 銃声が響き渡る。


 通信映像が鮮血に染まった。


 そして、リンダ姫の悲痛な叫びが"フリングホルニ"の艦橋に響き渡った。




「……!"フリングホルニ"下方から敵鎧兵器接近!」


 しかし、今尚帝国軍との戦闘は続いていた。


 悲しみに暮れる間も無く、帝国側の攻撃がリンダ姫の乗る"フリングホルニ"へと襲いかかった。


「次元掘削機ドリル……射出!」


 螺旋を描く、次元にさえ影響を及ぼすガラール伯爵が操る特殊型鎧兵器"ガラドヴォルグ"の次元掘削機ドリルが、回転しながら"フリングホルニ"の次元断層障壁へと接触してしまった。


「対空砲火効果ありません!駄目です、次元断層障壁出力低下——消失します!」


 姫を守る"フリングホルニ"の絶対防御——次元断層障壁がついに破られてしまった。




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次回……『遅過ぎた戦果』

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