第12話 霊媒師と接触してみる

 結局、俺とリリスはハンバーグ屋で北原主任と同席する事になった。リリスの事をなんと紹介していいか分からず、隣人の娘さんだと言って誤魔化す。


「そういえば水野さん、隣りに外国人が十人くらい住んでいるって言ってましたもんね」


「よく覚えてましたね」


「いや、ワンルームに十人って衝撃的ですよね!」


「ビックリですよね、はは…」


 とりあえず問題にならぬよう、俺が嘘をついている事をリリスは黙認している。リリスはあまりしゃべらずに、無口を装っていてくれているらしい。まあ、そもそもべらべら話をする方じゃないみたいだけど。


 北原主任のお姉さんが言う。


「妹の百合葉からは、水野さんの事をよく聞かされてたんですよ」


 えっ? 主任がプライベートで俺の事を話すなんて意外だ。もしかしたら愚痴っているとか? だとしたらめちゃくちゃ気まずい。


「柚希姉さん! あの違いますよ! 水野さん! いい新人の方が入って来たという話をしただけです」


 そんなに評価してもらっていた記憶はないが、どうやら悪い事ではないらしい。


「あら? そんな感じだっけ?」


「柚希姉さん!」


「はいはい」


「もう!」


 すると北原主任はリリスに向かって聞く。


「えっと、お名前は?」


「リリス」


「どちらのお国の方かしら?」


「レブルマクト」


「え? どこ?」


「レブルマクトよ」


「レブルマクト? 姉さん知ってる?」


「どこかの街の名前じゃない?」


「ああ、なるほど。都市の名前ね」


 いい感じに納得してくれた。もしかすると本当にあったりするかもしれないし、とりあえずは聞き流してくれますように。


 主任のお姉さんがニッコリ笑いながら言う。


「せっかく出会えたのだから、御馳走させて」


「えっ? そんなとんでもないです! むしろ僕がお支払いします!」


 俺がそう言うと北原主任が笑って言った。


「ふふっ、甘えて良いと思う。姉はお金持ちだから」


「やめなさいよ、百合葉。多少ゆとりがあるだけよ」


「でも…」


「いいからいいから!」


 結局俺はランチをご馳走してもらう事になった。上司のお姉さんに御馳走してもらうなんて、なんだか申し訳ない。


「それにしても最近の女の子はおしゃれ」


「流行ってるもんね、リリスちゃんのそういうファッション」


 北原主任が、俺達がトーキューで買って来た買い物袋を見て言う。


「その買い物袋はそういう系よね」


 どうやら格好に関しては、どうにか誤魔化せそうだ。


「もしかして水野さんが買ってあげたの?」


「あ、えっと、いや…」


 なんで? って言われると困るので、俺が口ごもっているとリリスが答えた。


「そう。レンタロウが買ってくれた」


 北原主任のお姉さんが言う。


「あら、いいお兄さんね。大家族じゃ、自分の服なんてなかなか買えないもんね」


 するとそこにハンバーグセットが運ばれてきて、それを見たお姉さんが言った。


「結構なボリュームだわ!」


「でしょ? ちなみにご飯はおかわり自由よ」


「おかわりは無理かなぁ。リリスちゃん食べられる?」


「まあ…」


 ハンバーグを食べ始めるとリリスが目を見開いた。


「なに、なにこれ! おいしい!」


「それはよかったわ」


 もりもり食べるリリスを微笑ましく見る北原姉妹。リリスがあっという間に食べるのを見て、お姉さんが店員を呼んだ。


「あの、こちらにハンバーグを追加でお願いします」


 それに対し、俺が手をあげて遠慮するように言う。


「いやいや! 十分ですよ!」


「いいから、いいから」


 結局リリスはハンバーグを二個食べて、満足そうにぽわーんとしていた。


「美味しかった?」


「美味しかった!」


「よかったー!」


 北原主任のお姉さんが嬉しそうにしている。ハンバーグセットを食べ終わった俺達は、お代をお姉さんに払ってもらい店を出た。


「御馳走様でした!」


 俺がぺこりと頭を下げるとリリスも真似て頭を下げる。


「いえいえ。お近づきのしるしに」


「美味しかったです」


「またそのうちご一緒しましょ! 楽しかったわ」


「はい!」


 そしてお姉さんは俺の耳元でぼそりと言った。


「リリスちゃんは彼女なの?」


「いえ違います」


「だよねぇ。でも可愛いから間違い起こしそう」


 そう言うと、北原主任がお姉さんの腕を引っ張る。


「ほら! 柚希姉さん! 水野さん困ってるじゃない!」


「あ、ああ。そうね」


 北原主任が俺に向き直り挨拶をする。


「今年はお世話になりました。よいお年を!」


「あ、はい! よいお年を。来年もよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 二人は手を振りながら渋谷の駅方面に向かっていった。


「いい人ね」


「職場では厳しいけどね」


「でもレンタロウを思っての事だと思うわ」


「まあ、俺もそう感じてるけど」


「お肉、美味しかった!」


「ハンバーグ好き?」


「好き」


「そりゃよかった」


 とりあえず昼をすませので俺は次にどうするかを話す。リリスと立ち話していると、町を歩く人がちらちらとリリスを見てくる。ハッキリ言って美人だから仕方がないが、ちょっと気まずい。


「占い師がダメなら、霊媒師というのがいるけどどうしよう?」


「どういう職業なの?」


「人にとりついた霊をはらうとか、守護霊を見るとか」


「…そう。同業って事かしら?」


「同業?」


「わからないわ。なんとなく」


「とにかく相談だけでもしに行こう」


 スマホで検索すると霊媒師のビルはすぐ近くにあった。歩いて五分もかからず、霊媒師の店があるビルに到着するとリリスが俺に言った。


「さっきと同じような所ね」


「俺もそう思った」


 入り口に入ると料金表が貼られている。それを見ると、さっきの店とは比べ物にならないほど高額だった。


「三十分、一万六千五百円か…」


「高いならやめておきましょう」


「だけど、何とかしなきゃリリスが困るだろ?」


「それはそうだけど、高位のマジックキャスターじゃないと意味が無いのよ」


「もしかしたら、そう言う人を知ってるかもしれないし」


「わかったわ。とにかく、ここでダメなら一旦帰りましょう」


「わかった」


 二人でビルに入り階層まで上がる。店に入ると霊媒師の写真と名前が載っている看板があった。


「いらっしゃいませ。先生の御指名はございますか?」


 俺がじーっと看板を見ていると、テレビで見た事あるような人がいた。俺はそれを指さして言う。


「吉塚愛先生で」


「はい。丁度よかったですね! 吉塚先生はメディアに引っ張りだこで、普段はなかなかいないんですよ。料金は他の先生と同じ三十分一万六千五百円、ニ十分延長ごとに六千円を頂戴しております」


「お願いします」


 俺達が部屋に通され席に座っていると、奥からテレビで見たことのあるケバイ女の人が出て来た。


 だが! その瞬間だった。


 ガタン! ケバイ化粧の霊媒師が後退り、後ろの棚にぶつかって物が落ちてしまう。どうやらリリスを見て恐怖を感じているのか、ガタガタと震えはじめた。


「お、お帰り下さい!」


 唐突に帰れと言われてしまった。まだみてもらってないのに。


「えっ? でも診てもらいたいんですけど」


 次第に霊媒師の顔色が真っ青になる。


「あ、あう…」


 バターン! そして霊媒師はそのまま倒れ込んでしまった。


「た…倒れた!」


 俺は慌てて店員を呼んだ。


「すみませーん! 先生が倒れました!」


 ドタドタと店員がやってきて、慌てて救急をダイヤルしている。するとその手を霊媒師がガシっと押さえた。


「まって! だ、大丈夫! 霊気でやられてしまっただけ。あの、今日の所はお帰り下さい!」


「わかりました。あの、料金は?」


「もちろんいただけません! と、とにかく、早く出て行って!」


「は、はい」


 俺は霊媒師と店員に頭を下げて階段を下り道路に出た。ゆっくりとリリスが言う。


「微弱だけど力があったわ。だけど弱い、あれじゃあ私に会ったら正気を保てないのも仕方がない」


 何の事か分からんが、リリスには納得している。とにかく今日の俺達の収穫は、占い師に当たり前の事を言われ、ハンバーグをごちそうになり、そして霊媒師を失神させてしまうという結果に終わる。


「ひとまず帰ろう」


「ええ」


 ハチ公口に行くとまたリリスが具合悪くなるかもしれないので、俺は大通りにでてタクシーを拾った。渋谷から三軒茶屋までは千円ちょっと、そこからは世田谷線で帰ればいい。収穫がなく悲しそうなリリスに、俺は自分の力不足を感じるのだった。

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