第50話


 マンフレットの方が頭一個分身長が高い為、見上げられると上目遣に思えてしまい、そのまま微笑まれれば甘えられている様に錯覚してしまう。しかも今日のエーファは一段と愛らしい。碧色を基調としたドレスは、少し開いている胸元に花の刺繍と全体に控えめにレースが施されている。正に彼女らしさが滲み出る仕上がりだ。夜会の時とは違い今回は確りと準備期間があったので、無論エーファの為に新調した物だ。

 

 招待客が揃った所で父のヘルムートから簡単な挨拶があり、それが終わると次はマンフレットから今日集まって貰った事への感謝の言葉とヴィルマ公爵として初めとなる挨拶を述べた。その後息つく暇なくエーファを連れ個々への挨拶回りをする。主催側になる事は生家で暮らしていた時以来だが、本当に面倒だと実感する。世間にはパーティーを主催するのが趣味の様な人間もいるが、マンフレットには理解し難い。

 その後、これといった問題が起こる事もなくパーティーは滞りなく進んで行った。


「倅の足だけは引っ張らない様に」

「お姉さんの二の舞にはならないように頼みますよ」


 両親に挨拶に行くと、延々とエーファに対して小言を言って来たが「妻が至らないというならば、それは貴方方の息子である夫の私も未熟者だという意味です」そう返すと黙り込んだ。自分は何と言われても構わないが、彼女を侮辱するつもりならば両親だろうが黙ってはいられない。


「勿論分かっているとは思いますけど、貴女はブリュンヒルデと違って何の取り柄もなく役立たずなのだから確りと立場を弁えなさい。公爵夫人になったからっていい気になるんじゃありませんよ」

「公爵様、これからもご支援の程宜しくお願い致します」


 正直招待はしたく無かったが世間体もある故、ソブール夫妻も招いたが、予想以上の醜態を晒してくれた。これ見よがしに大声で娘であるエーファを罵り周囲の注目を浴びながら、何故か鼻高々にしていた。一体何がしたいのか、本気で頭がおかしいのではないかと思えた。両親同様反論しようかとも思ったが、こんな場所でこれ以上騒ぎ立てられでもしたら面倒だと受け流した。それに顔を合わせるのもこれが最後となるだろう。今後は自分が当主となったのだから妻のエーファを邪険にする様な人間はこの屋敷には立ち入らせない。関わりも断つと決めている。

 今回の事で、自分の両親も彼女の両親も他人以下だと心底幻滅をした。マンフレットに対して祝いの言葉すらないのは別に構わない。だがエーファを蔑ろにするのは絶対に赦せる事ではない。弟とも絶縁したのだ。この際両親とも縁を切ってもいいかも知れないと本気で考えている。


 

 マンフレットはワイングラスを片手に壁に背を預け離れた場所にいるエーファを眺めていた。

 少し前まで隣にいた彼女は、突如女性等にとり囲まれたかと思えば連れて行かれてしまった。その目的は明白であり、公爵夫人となったエーファにさっそく媚を売るつもりなのだろう。女性には女性の付き合い方がある故、口を挟むつもりはないとマンフレットは大人しく退散して来た。

 それにしても、これまでブリュンヒルデと散々比較し笑い者にした挙句姉を亡き者にしたとまで騒ぎ立てていた癖に全く現金な話だ。だがそれは女性等に限った事ではない。男性等も同様だ。先程からやたらとエーファに視線を向けている。


「マンフレット殿の奥方は前妻の妹君なのだろう」

「あのブリュンヒルデの妹君か」

「確か不穏な噂があったな」

「あんなのは暇人の流した作り話だろう。それよりも、やはりブリュンヒルデ嬢の妹君だけある」

「以前は姉君と比べて劣るなどと噂されていたが……まさかあんなに愛らしい女性だったとは」

「ブリュンヒルデ嬢が女神なら、彼女は天使といった所か」


 男性等とは少し距離はあったが、何しろ酔っている為か声がでかい。嫌でもそんな会話が耳に入ってくる。


(何が天使だ、エーファの事をよく知りもしないで語るな!)


 エーファは野に咲く一輪の花だ。陽の光を浴び涼やかな風に揺れる純白で穢れを知らない可憐な姿は、まさに彼女そのものだ。この事を分かっているのは自分だけなのだと鼻を鳴らす。


 今日の主役は誕生日である父と、公爵を継いだ自分だ。だがこの広間で誰よりも存在感があるのは間違いなくエーファだった。立ち居振る舞いは完璧であり文句のつけようもない。今夜の彼女を見れば、これまで如何に努力をしてきたのかが窺い知れる。その努力は自信に繋がり又余裕に繋がる。そしてその余裕や自信は彼女の内面から溢れ出す優しさや愛らしいさを際立たせている。周囲の者達が、そんな彼女に惹きつけられているのがよく分かる。

 今直ぐこの場で大声で私の妻はこんなにも愛らしく素敵なのだと自慢したい。特に先程からエーファを穢い目で見ているあの男共に。


「是非お近付きになりたいものだな」


 男性等の中で、一際目立っている見るからに頭の弱そうな男が嫌らしい笑みを浮かべながら戯言をほざく。半分は冗談だろうが、あわよくばとも考えているのが見て取れる。同じ広間に彼女の夫である自分もいるというのに良くあの様な軽口を叩けるものだと感心をする。流石莫迦は考える事が違う。


「そんな日は生涯来る事はない、故に安心するといい」

「ヴィルマ、公爵っ……」

「私は自分の大事なものに手を出されて黙っていられる程人間が出来ていない。もし仮にその様な事態になったら、残念だが私はその相手を地獄へ突き落とす他なくなる」

「っーー」


 何一つ可笑しい事などない。寧ろ腹立たしくて仕方ないが、マンフレットは口角を上げ愚漢へと笑みを向けてやる。すると一気に顔を青ざめさせ、謝罪なのか言い訳なのか分からない言葉を残し逃げて去った。情けない男だ。


(後でギーに調べさせるか)


 今日の招待客全てを把握している訳ではない。無論今回招待した者達は何かしらヴィルマ家と関わりはある。但し余程懇意にしている場合を除き、その配偶者や子、兄弟までは一々把握などはしていない。 

 先程逃げて行った男の素性を洗い出しエーファに近付かない様、後日礼状という名の脅迫文でも出しておく事にすると密かに決めた。

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