第45話


「では行って参ります」

「あぁ、頼んだ」


 侍従等にリュークを拘束させた後、馬車に乗せた。帰宅したばかりのギーに申し訳ないが、弟はヴィルマ家の本邸に送らせる事にした。事情を母に説明し監視を付けた上で父が領土から帰るまでの間は部屋から出さない様にして貰う。父が戻り次第マンフレットから事の次第と、弟との縁切りを報告するつもりだ。


「やはりお前は見込みがあったな」


 にゃぉ。


「すまない、もう少し耐えてくれ」


 にゃ。


 衛生面と寝心地を考え、上着から新しい厚手の柔らかいタオルに取り替えた。出血もしており損傷が酷く弱っている。応急処置はしたものの、何せ相手は猫で知識など皆無だ。今、使用人に獣医を呼びに行かせているが一刻も早く診せた方がいい。

 

「白いの……いや、エメ。エーファを護ってくれて感謝している。……ありがとう」


 にゃ!


 エメが立ち上がり胸を張ろうとするが、フラつきタオルの上に倒れ込む。マンフレットは慌てて手を差し出し衝撃を緩和した。


「おい、余り動くな! 身体に障るだろう」


 にゃ……。


「全く調子に乗……」


 マンフレットの叱責に耳を垂らし項垂れるエメの姿にエーファを思い浮かべてしまい言葉に詰まった。ため息を吐き頭をそっと撫でると頬を寄せてくる。気の優しい所は飼い主に本当にそっくりだと苦笑した。


 それにしても自分の帰還するのが後少し遅かったらと考えただけで背筋が凍る。いや寧ろ後一日早ければそもそもエーファやエメを危険に晒す事はなかった筈だ。そう思うと何故それが出来なかったのかと悔やむばかりだ。全て自分の能力の低さや判断力が甘かった所為だ。

 ギーからの手紙を受け取ったのはマンフレットが向こうに着いてから十日目の事だ。内容はリュークが屋敷に現れエーファと接触をしたとあった。お茶や雑談をしその日は大人しく帰ったらしいが、正直嫌な予感がした。ただマンフレットの帰還予定まではまだ一ヶ月はある。仕事は余裕を持って計画していたが流石に今直ぐに終わらせる事は不可能だった。


『父上、申し訳ございませんが、私はひと足先に帰らせて頂きます』


 引き継ぎなどの重要な事柄だけを抜粋し丸二日寝ずにこなした。残りの雑事は結果間に合わず、情けないが父に頼む他ないと頭を下げた。仕事を中途半端にするなどこれまでの自分では考えられなかった。無論父も同じ様に思った様で怪訝な顔をし当然理由を聞かれたが、マンフレットは「夫婦の事ですので」と言葉を濁す。余計な詮索をされて時間を使いたくなかった。冷静を装っていたが、内心酷い焦燥感に駆られていた。

 マンフレットは馬車ではなく自ら馬に飛び乗り走り出す。馬車よりも小回りも効き細い山道なども通り抜ける事が出来る。馬車ならば最低五日はかかるが、これならば三日もあれば帰還出来るだろう。道中疲労と睡眠不足で意識が飛びそうになったがエーファを思い浮かべ耐えた。何もなければそれでいい、だがもしも彼女の身に何か遭ったら……そう考えるだけでおかしくなりそうだ。


『エーファ⁉︎』


 道中仮眠を取りつつ昼夜問わず駆け続けた。その甲斐あって、三日せずに帰り着いた。

 マンフレットは中に入ると直ぐに屋敷内の異変に気付いた。使用人等が騒がしく焦った様子で動き回っている。「こちらにはおりませんでした」などと会話が聞こえ、堪らず声を掛けるとエーファが居なくなったという。しかもリュークと共に……。

 広い屋敷故全てを探すのは時間を有する。だが話から結構な時間が経過していると知り、瞬間二人が駆け落ちしたのではないかとそんな下らない妄想が頭を過った。


『エーファっ……』


 この短期間にリュークは屋敷に通い詰めエーファとの仲を縮めていたと先程耳にした。その所為かブリュンヒルデとエーファの姿が重なる。


『いや、絶対にあり得ない。彼女はそんな人間じゃない』


 屋敷中を走り回り一部屋ずつ扉を開けていった。きっとこの屋敷のどこかにエーファは居る。大方リュークに強引に連れて行かれたに違いない。向こうが身を隠しながら移動しているなら、見つからないのも納得が出来る、そう結論付けた。だが一向に見つかる事は無く途方にくれた。


『エーファ……何処に行ったんだ……』


 気付けば地下へと続く扉の前まで来ていた。これだけ探していないならこの場所の可能性が高い。そう思いマンフレットが扉に手を掛けた時、扉の中から僅かだがカリカリと聞こえた。まるで爪で引っ掻いている様な音だ。


『白いのか⁉︎』


 にゃ……。


 急いで扉を開けると、やはりそこには白い塊がいた。だが様子がおかしい。


 にゃ、にゃ……。


 頭から血を流し白い毛を赤く染め、息をするのも苦しそうだ。そして力尽きたのかその場でパタリと倒れた。だがそれでもマンフレットの姿を確認すると力を振り絞り身体を起こそうとしながら何かを訴える様にか細い声で鳴いた。

 マンフレットは上着を脱ぎそれで白い塊を包むと、地下へと続く階段を降りて行った。








 

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