第39話


 暗い地下を真っ直ぐに歩いて行くと扉に突き当たった。リュークはその扉を開けるとエーファの腕を引き先に中に放り込む。その瞬間彼の手からはようやく解放されるが、代わりにバランスを崩して地べたに膝をついてしまう。暗闇にリュークの足音が響き、それと共に部屋にほんのり灯が灯った。

 何が起きているのか分からず放心状態になるが、エーファは慌てて身体を起こすと視界にはベッドが映った。


「エーファ」


 名前を呼ばれエーファが振り向く前に今度は視界が大きくぐるりと回り、気付いた時にはリュークによってベッドに組み敷かれていた。


「そんな怯えないでよ。心配しなくても僕結構上手だからさ。兄さんよりずっと気持ちよくしてあげる……」

「ーーっ‼︎」


 エーファの首元にリュークは顔を埋めると、鼻から空気を吸い込み幾度となく繰り返す。


「うん、エーファの甘い匂いがする……」

「ぃっ……」


 嫌ーー気持ち悪さを覚えるが恐怖で言葉が出ない。それでも辛うじて身動いでみるが、更に体重をかけられ益々動けなくなってしまった。


 にゃあッ‼︎


 その時だった。どうやら何時の間にかエメがついて来ていたらしく、喉を震わせ低い声でリュークを威嚇し飛び掛かる。リュークは一瞬怯むも直様エーファの上から身体を起こすと身構えた。


「本当、可愛くない猫だなぁ。うちのダイアナみたい」


 にゃッー‼︎‼︎‼︎


 更にエメはリュークへと追撃を喰らわすが、成猫になったとはいえど比較的小柄のエメは最も簡単に弾き飛ばされてしまった。リュークは一瞬蹌踉けはしたが、別段ダメージは受けていない様子だ。体勢を立ち直しエメを乱暴に鷲掴みにしたかと思えばそのまま壁に打ち付けた。


「エメ‼︎」


 にゃ……。


 エメは頭から血を流しているにも関わらず、それでもリュークへと向かっていこうとしていた。


「リューク様っ、これ以上はやめて下さい! エメが死んでしまいます‼︎ エメっ、逃げて、私は大丈夫だから、ね」


 にゃぁ……。


「鬱陶しいな」


 エーファはベッドから飛び降り力の限りリュークにしがみ付いた。だがリュークは造作もなくエーファを振り解くとエメを摘み上げ今度は扉を開けると外に放った。


 にゃ、にゃ……に……。


 カリカリと力なく扉を爪で引っ掻く音がするが、暫くしてそれも止んだ。


「さて邪魔者はいなくなったし、続きをしようか」



◆◆◆



「ねぇ、兄さんには何回抱かれたの? どんな感じだった? どうせあの人の事だから甘い言葉も雰囲気もなく義務的に前戯して挿れて出して終わりだったんじゃない? あ、もしかして初夜だけとか?」

「……」

「やっぱりそうなんだ。あの人、ほぼ性欲ないみたいだからね。ブリュンヒルデの時もそうだったし。全然可愛がって貰えなくて可哀想だったね。妻に寂しい思いをさせるなんて夫失格だ」


 黙り込むエーファを見て肯定と受け取ったらしいリュークはご機嫌な様子で饒舌だった。

 少しでも動いたら唇が触れてしまいそうなくらい近くに顔を寄せ、瞬きすらせずにエーファを凝視してくる。


「兄さんは女心をまるで理解していない。僕が弟として代わりに慰めてあげないといけないよね。僕が君に女としての悦びをじっくりと教えてあげるよ……。女はさ、こうやって優しく触れたりちょっと焦らしながら愛撫してやると……どう? 気持ち善いでしょう」

「っ‼︎」


 大きな手が頬に触れるとそれはゆっくりと首を伝い鎖骨に、ドレスの上から胸の膨らみに触れ更にお腹、腿まで到達した。

 エーファの身体は強張り、上手く息が吸う事が出来ず苦しさを覚える。だがそんなエーファを無視しリュークは胸元に手を差し入れてくると直に肌に触れてきた。彼は興奮してきたのか次第に息遣いは荒くなり、今度はスカートに手を掛けると舌舐めずりをした。


「エーファ。終わった後、僕と兄さんどっちが善かったか聞かせてね」


 どっちなんて分からない。だってマンフレットとは一度だって床を共にした事はない。口付けは疎か抱擁すらされない。そもそももう直ぐ彼の妻でさえなくなるのにーー。

 これまで考えない様にしていた、どうせ離縁するのだからと。そもそも初夜に彼からは「君を抱くつもりはない」と宣言され、単純にエーファに女としての魅力がない事も理由の一つであるだろうし、それに彼なりの配慮でもあるといえる。

 離縁するにあたって生娘であるに越した事はない。何故なら次の嫁ぎ先がその有無によって左右される。幾ら再婚といっても、手付かずならばそれなりの好条件が望める。だがそれでもこの身を差し出すなら……マンフレットが良い。勿論一応今はまだ夫だからという事もあるが、気持ちの上でも彼が良い。今目の前にいるリュークでも、次のまだ見ぬ夫でも他の誰でもなく彼が良いーー諦めていた筈の感情が溢れ出した。

 そんな事を考えていたら、先程まで恐怖で支配され何も考えられなかった事が嘘の様にエーファは急に冷静さを取り戻した。

 

「でもまあ聞くまでもないかな? だってエーファだって僕の方がいいって言うに決まってる。あはは、兄さんから奪っちゃおうかな〜」


 虚な笑みを浮かべるリュークは不気味に見える。

 それに奪うとは一体何の事なのか、エーファには分からない。だが一つだけ明白な事がある。それはーー。


「リューク様の意向は私には分かり兼ねます。ですがこれだけは言い切れます。例えこの身が穢されようとも、貴方が私から奪えるものなんて何もない」


 リュークの事はほの少し前まで強引な所はあるが優しくて良い人、頼りにもなる義弟として認識していたが、それ以上の感情はない。今は嫌悪感すら感じている。気持ちが悪いーー。

 それにこんな騙し討ちみたいな真似をしてまで兄の妻に手を出そうする人間などに絶対に屈したくない。


「……何か意外だね。君達は一見すると逆の様に見えるのに違う」


 目を見開き小首を傾げる姿は少年の様に幼く見えた。


「まあ、どっちでも良いや。あのさ、そんな風に言ってられるのも今の内だけだよ。結局は君だって快楽には抗えらないんだから」

「っーー」


 リュークは先程と違い乱暴にドレスに手を掛けると胸元やスカートを音を立て裂いていく。肢体を動かし足掻こうとするがやはりびくともしなかった。エーファは覚悟を決め、首から下げていたペンダントを握り締めると静かに瞳を伏せた。

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