第30話



 使用人達からの冷ややかな視線が突き刺さるが、そんな事で動揺するマンフレットではない。しかしエーファの琥珀色の大きな瞳が悲し気に揺れ、それでも必死に笑みを作ろうとしている姿に胸が締め付けられた。そして自分の愚かさに幻滅をした。

 早く謝罪の言葉を述べるべきだと頭では考えるが中々口に出来ない。そうこうしている内に彼女は無言のまま踵を返すと広間から走り去って行ってしまった。

 

「レクス……」


 マンフレットが後を追いかけるべく足を踏み出すが、レクスに邪魔をされる。


「今君が追いかけても、エーファ嬢を余計に傷付けるだけだ。此処は俺に任せてよ」

「ダメだ、これは私達の問題だ。部外者はーー」

「でも彼女は……そんな風には思ってないんじゃないかな」


 意味深長な表情を浮かべるレクスに激しく憤りを覚えマンフレットは奥歯を強く噛み締める。だがそれ以上言葉が出なかった。暫し間がありレクスは踵を返すと広間から出て行った。


「……宜しいのですか」


 ギーの問い掛けを無視し、マンフレットもまた踵を返すと自室へと向かった。

 


 

 洋燈をテーブルに置き内ポケットから小さな箱を取り出し開けた。すると大粒の雫を模った宝石が露わになる。白金の鎖が通されているシンプルなデザインのネックレスは琥珀色に輝く。

 エーファの誕生日を知ってからというもの幾度も彼女に欲しい物を訊ねようと試みたが、結局失敗に終わった。その後何日も悩み続け無駄な時間を過ごし、このままでは誕生日を迎えてしまうと焦り八方塞がりとなり仕方なくギーにそれとなく聞いてみた。


『年頃の娘の趣味嗜好は何だ?』


 流石にざっくりし過ぎたかも知れないと思ったが、これ以上の言い回しを思いつかない。だがギーは直ぐに察した様に答えた。


『女性なら年齢問わず装飾品や花は喜ばれるかと。ただ個人差がありますのでエーファ様が何を好まれるかまでは分かり兼ねます』

『別にエーファの物だとは言っていない』


 何故エーファへの贈り物だとバレたのか……慌てて誤魔化した。

 だがやはり装飾品などが無難かも知れないと、翌日には自ら宝石商へと足を運んだ。屋敷に呼びつけても構わなかったが、エーファに知られてしまうかも知れない。昔レクスが「女性はサプライズが好きなんだよ」と言っていた。当時はだから何だと思ったが……今はまあ参考にしておこう。

 

『琥珀か』


 見た瞬間、目が離せなくなる程惹きつけられた。その宝石はまるで彼女の瞳の様に輝き美しかった。


『流石ヴィルマ家のご子息様でございますね。このままでも十分美しく見えますが、この琥珀は普通の物とは違い特別な琥珀でございます。この琥珀を日の光に翳しますと……』

 

 贈り物を用意したマンフレットだったが、悩みは尽きない。誕生日当日、ギーからの情報では夜はエーファの為にパーティーを開くという。ならば昼間は時間があるという事だ。彼女を外に連れ出すのも悪ない。そこまでは良かった。だが一体何処へ行けば良い? これまで逢瀬などの経験はない。いやこれは別に逢瀬ではない! そんな事を考えている内に朝になり、数日寝不足になってしまった。我ながら情けなさ過ぎる……。


 悩みに悩みに悩み抜いたマンフレットは、昔からヴィルマ家が贔屓にしている店にエーファの好物であろうニンジンの菓子を作らせる事にした。無論全て特注であり店では販売されていない。

 普段態々店へ出向く事はないが、たまには悪くないだろう。その後は動物好きであろう彼女をヴィルマ家の別邸へと連れて行き乗馬をする。無論彼女が経験がない事は聞かずとも分かるので、マンフレットがエーファを一緒に乗せる事になるだろう。これまで誰かを乗せた事はないが……まあ、悪くない。


 準備万端で迎えた誕生日前日に一つ重大な問題が発生した。それはーー。


『サプライズにするならいない方が良い筈だ。私が夕刻まで彼女を外へ連れ出す。だから、その……明日の朝は兎に角彼女を馬車に乗せる様に侍女に指示して手配してくれ』


 彼女を誘えず約束を取り付ける事が出来なかったのだ……呆れ顔のギーに半ば強引にそう命じた。


 当日は出立前から白い塊が付いてくる&扉を閉められるといった些細なトラブルが発生し、更には最初の目的地で馬車から下りると白い塊がマンフレットの頭に乗ってきたがそれも又些末な事だ。その直後店でも無礼な外野(客)&存在をすっかり忘れていた同級生の所為でトラブルが発生し、貸切にしなかった自分に幻滅をした。だが彼女が想像以上に喜ぶ姿に安堵し、白い塊も中々見込みのある奴だと分かり良しとした。ただ本来なら此処で彼女に「おめでとう」と言って贈り物を渡すつもりだったが出来なかった……。それだけは悔やまれる。

 

 次の目的地であるヴィルマ家の別邸へ向かう途中、馬車の中で白い塊が鬱陶しいくらいに纏わりついてきたが薄めを開けてエーファを盗み見ると嬉しそうにこちらを見ていたので仕方なくそのまま放置した。

 マンフレットの愛馬であるアレースに二人で乗り、暫し穏やかな時間を二人だけで過ごした。普段見た事もない彼女の姿に胸が高鳴る。そして彼女が余りにも愛らし……燥ぐので乗せられてしまい思わず額に口付けてしまった。恥ずかしさに顔を真っ赤にする彼女は本当に愛らし……淑女としてはまだまだだが、悪くない。

 帰りの馬車の間、延々と頭の中で「エーファ、おめでとう」そう繰り返し彼女へと小さな箱を差し出す妄想をしたが、それが実行される事がないまま屋敷に到着してしまった。






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