第11話
エーファはマンフレットから差し出された手を、少し躊躇いながらも取ると広間へと入った。その瞬間、広間中の視線が向けられるのを感じ思わず身体が強張る。ほんの一瞬静まり返えった後直ぐに騒がしくなり嘲笑や明らかに悪態を吐く声が聞こえてきた。
別に慣れているので気に留める事もない、そう思うが今夜は以前までとは状況がまるで違う。自分の所為で彼に嫌な思いをさせていると思うと心苦しくて仕方がない。流石のマンフレットも動揺しているに違いないと思い彼を見るも、眉一つ動かさず平然としていた。
「やあ、エーファ嬢」
先程までマンフレットと挨拶をして回っていたが、彼は知人に呼ばれエーファを残し行ってしまった。一人残されたエーファは心細くなり極力目立たない様にと壁際に寄って小さくなる。そんな時、見覚えのある姿が近付いて来た。
「レクス様」
レクスと初めて対面した日から、彼がマンフレットを訪ねて来るついでにエーファの様子も見に来てくれる。その際に彼にはエーファお手製キャロットケーキを振る舞っていた。
「見違えたよ。何処の国のお姫様かと思った」
「えっと……ありがとうございます?」
「あはは、どうして疑問形なの。それにお世辞なんかじゃないからね。本当に綺麗だ」
褒められ慣れていないエーファは戸惑いながら礼を述べると、レクスに笑われてしまった。
彼は本当に気さくで優しくて話し易い。だからか完全にお世辞だと分かっていても、彼から言われると素直に喜べる。
「そうそう、君から教えて貰ったキャロットケーキ、うちのシェフに毎日作らせてるけど、何か物足りないんだよねー」
あの日レクスにキャロットケーキのレシピを教えると、彼はまるで子供の様に無邪気に喜んだ。そんな彼を見てエーファまで嬉しくなってしまった。ただ流石に毎日は食べ過ぎだと心配になる。
「やっぱり君が作ったやつの方が美味しいんだよ」
「そうなんですか? でも記入漏れなどはないかと思いますけど」
大した内容のレシピではないが、やはり人様に渡すので何度も見直しはした筈だとエーファは小首を傾げた。
「あー君の作ったキャロットケーキが食べたいなぁ」
「ふふ、レクス様ったら、先日も召し上がっていたじゃないですか」
何処まで本気かは分からないが、彼は大袈裟に話しながら肩を落とす。そんな姿に思わず笑ってしまった。
「本音で言えば、俺は毎日でも君の作ったキャロットケーキが食べたいんだよ」
「でしたらまたお作りしますよ。あ、でも、お忙しいですよね、すみません」
大した手間ではなく何時でも作る事が出来るのでそう提案してみるも、レクスもそう暇人ではないだろう。何時もはマンフレットへの用事のついでなので構わないが、態々エーファの作ったキャロットケーキの為だけに屋敷を訪問して貰うのは迷惑になる。直ぐに出過ぎた真似だったと反省をした。
「いや、全然暇だから毎日でも食べに行くよ」
レクスが爽やかに笑ってそんな冗談を言った時だったーー。
「大変だな、幾らマンフレットの友人だからって、こんな女の相手するなんて」
嫌らしい笑みを浮かべながら数人の男等がやって来た。まるでエーファを品定めする様に頭から爪先まで舐め回す様にして見てくる。とても行儀が良い行いとは言えない。正直気持が悪い。
「姉のおこぼれでまんまとマンフレットの後妻に収まって、本当運の良い」
「ハハッ、違いない。もしかしたらその為に姉を亡き者にしたという事も無きにしも非ず……だったりしてな? 皆言ってるし」
「そもそも出来過ぎだろう。姉を疎ましく思ってて、彼女を殺して自分が代わりにヴィダル公爵家に嫁ぐ打算をするなんて。怖い女だ」
姉のブリュンヒルデが亡くなってから、エーファが社交の場に出るのは今夜が初めてだった。だからまさかそんな風に思われているなどと知らなかった。これまではただ単に姉と比較されていただけだったが、流石にこんな事を言われて平気ではいられない。動揺して顔が強張り身体が震えた。俯き顔を上げる事が出来ない。
「おい‼︎ お前等良い加減に」
そんな時レクスから腕を掴まれ、彼は自らの背にエーファを隠すと男達を睨む。だがその瞬間、男の一人が悲鳴を上げた。
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