第48話 怒りの破壊

 無事、培養体に転移したスノゥ。状況が把握できず、気が動転していたが、徐々に落ち着きだした。


 ゆっくりと立ち上がるスノゥ。二本足で立ち、歩く。当たり前の行動が出来なかった、これまでの長い時間が終わり、壁をつたいながら自力で歩く。

 その姿を見て、モヒートは地下通路を実験室側から塞ぎ始め、パンナは、魔法陣布を巻いてカバンに収める。撤収準備を始めていた。


「姫さま、次の行動に移ります。この城地下室から脱出しますぞ」

「あの、ちょっと待って」

「どうされました?」

「元の体を今一度見て、別れさせてはもらえませんか?」

「分かりました。地下室のベッドに戻すので、そこで見られてはいかがでしょう。モヒート、運ぶのを手伝ってくれ」


 パンナとモヒート、そしてスノゥは、真っ白なシーツに包まれたスノゥの元の体を持ち上げ、地下室のベッドに寝かせた。スノゥはシーツを開け、顔を確認した。そして、頬に触れ、スノゥの涙が元の体に落ちた。


「不老不死の体、とても辛いものでした。もし普段の生活を送っていたとして、私だけ、看取り・見送る永遠を過ごさなければならなかった。己のことしか考えない独善たる者には不老不死は良いものでしょう。でも、私には、合わぬ体質。自然のことわりに逆らうのは、やはり違うようです。良からぬ人々に見つかり、苦しめられた。それも、終わりがきた。やっと自由になったのですよ、スノゥ」


 スノゥは、シーツを閉じて顔を隠した。


「あの~、私がこのシーツに燃焼化合物をかけさせてもらうことは可能でしょうか?」

「分かりました、今、お持ちします」


 モヒートは、通路にある培養装置から溶かした燃焼化合物の液体を小鍋ですくい持ってきた。小鍋をスノゥに差し出すと、頭から満遍なく液体をかけ、シーツに染み渡らせた。空になった小鍋をモヒートは受け取り、また地形操作で土に取り込み、小鍋を圧縮し、元が何なのか分からない形状にした。

 元の体を見て佇むスノゥの手を引き、パンナは地下通路に誘導した。


「モヒート!やっておしまい!怒りをぶつけろ!」


 パンナが、モヒートに叫んだ。モヒートの瞳が煌めく緑色になり、足を大きく広げ踏ん張った。両手を合わせギュッと握ると鶏冠とさかのような髪型が逆立ち、地鳴りがした。

 まず、廊下部分から大岩がせりだし、階段を塞いだ。次に落盤を防ぐため、支柱となる岩盤が各部屋の中央部分にそびえ立った。モヒートは両腕を交互に大きく振って、大岩を地中から出し、培養装置にぶつけ、燃焼化合物の液体を拡散させる。実験室、培養室と黄緑色の炎が広がりだす。最後に地下室の床に横たわるスノゥの元の体に、廊下側から大岩を転がし下敷きにした。その大岩は支柱にぶつかり止まった。大岩と支柱がぶつかったことで、火花が散り、スノゥがいた地下室にも黄緑色の炎ががった。元の体が包まれたシーツは、あっという間に炎に包まれ、鮮やかな炎がスノゥの元の体をこれ以上、実験で無下に使わせないよう守っているようにも見えた。


 その状況を確認したモヒートは、地下室の通路を塞ぎ、パンナとスノゥが待つ通路へ急いだ。ギラギラに煌めく瞳を見て、パンナとスノゥはモヒートの体を心配するが、モヒートは混合回復薬を勢いよく飲んで、移動用の箱机をいつものように作り、三人は乗り込んだ。

 帰り道、通路を塞ぎながら、低速で箱机は移動する。


「ぁ、あのう、この珍妙な乗り物は何なんです?」

「スノゥ姫、これは箱机です。箱に机の脚があったものが初期型で、今は、馬の脚の形状にして、高速移動も可能になりました。連結して荷物も運べます」

「あ、あら、すごいですね」

「姫さま、乗り心地は問題ないので、お気になさらずに」


 スノゥは、モヒートの自信作である造形や名称に、これ以上は何か言うと失礼にあたるだろうとして、それ以降は聞かなかった。


 全ての通路を塞ぎ、無事に民家地下室に辿り着いた。また、混合回復薬をぐいっと飲み干すモヒート。


「混合回復薬を補充せねばならんな。モヒート、洗った小瓶は1階にあったかの?」

「はい、パンナ様。ボクが取りに行きます」

「いや、お前さんは、休憩しなさい。瞳の煌めきが落ち着いておらぬ」

「分かりました」


 モヒートはベッドに腰掛け、深呼吸をしていた。


 スノゥは、民家地下室を見回して、歩いている。地形操作で作られた実験台等の設備を見て、その昔、錬金術師として研究に勤しんでいた頃を思い出した。そして、培養体に転移しても昔の記憶があり、それを懐かしむことが出来ることに気付き、微笑んだ。

 パンナが地下室に戻ってくると、モヒートは横になって寝ていた。


「モヒートには、無理させましたね。とても疲れたのでしょう」

「えぇ、姫さま。モヒートは、多くを言いませぬが、立場を理解し、わきまえる者が転生時にいたのでしょう。その存在が行動指針になっているように思われます」

「確か、6人分の転生体でしたね」

「はい、そうです」


 立ち話していると、スノゥがふらついた。


「姫さま、まずお座りください。人の食事をまだ取っていないからでしょう。深夜ですが、少々のパンと水を体内に取り込んでください」

「人としての当たり前を忘れていました」


 スノゥは、水を飲み、パンを少し齧って、また水を飲んだ。動き出した消化器官が、ぐぅ~と鳴った。パンナは、思わず笑いだし、つられて、スノゥも笑った。


「生きていることが実感できます」

「姫さま、体が慣れてきたならば、美味しいものを食べましょう」

「ふふっ、甘い物も忘れないでね」



 その頃、城の地下では、ようやく現場検証に入る準備が整っていた。

 地下2階は、すでに王族がいない城にとって興味のない場所。そこで、周辺の地面が揺れ、大きな衝撃音が響く。衛兵が様子を見に行くと階段が塞がれ、火薬発破が必要な程の状況である。この報告は、睡眠中のズンビローに伝わったが、回答は『状況を見守れ』だった。


 しばらくすると、ズンビローがスノゥの存在を思い出し、原始再帰教団本部に当人を送れば、教団の目指す不老不死とは別種の存在だが、研究材料にはなるだろう、とようやく重い腰を上げる。衛兵と共に地下2階に下り、階段状況を確認した。


「まぁ、なんですか、これは」

「大きな衝撃があり、この様な状態でした。削ってみましたが、そう簡単に変化するものではありません」

「仕方ないでしょう。発破しなさい」

「了解しました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る