第3話 戦闘

 元いた世界と何一つ変わらないかのように、太陽と思われる惑星が二人を照り付ける。


 申し訳程度に草を刈り取った程度の街道を歩み、近くの街を目指すとの事だ。


「‥‥‥」


 蜃気楼に惑わされる遭難者のように、俺はただ思考停止のままマイの後をついていく事しかできない。どこまでも続くであろう樹木の海を割るような街道に沿い、歩を進める。


「‥‥‥熱いな」


 若干蒸し暑い。初夏の気候といった所だろうか。鳥の鳴き声らしき音が遠くに聞こえ、リンゴのような果実がなっている樹木も確認できた。別の世界との事だが、元いた世界とそれほど大きくは変わらないのかもしれない。


「「‥‥‥」」


 ざっ、ざっ、ざっ。


 無言の行進。なんだか、少し気まずい。話す事もないし。そこで俺は、一点の大きな変化を凝視する。


「‥‥‥?どうしたのですか、神楽さん」


 先ほどの青い引っ越し業者のユニフォームから一変、霧が晴れた後のマイの服装が大きく変わっている事だ。いや、服装というよりは装備だろうか。

 振り向きながら首をかしげ、問いかけてくるマイ。


 その身に纏うは亡国の王女に相応しい、儚さと気品を併せ持つ純白のドレス。頭にかかる純白の絹で仕立てられたであろうローブはマイの銀髪を装飾にするのにふさわしい逸品だろう。ドレスは胸元とへその辺りにひし形上の空間があり、何故かそこに必要なはずの布が無い。


 即ち、マイの形が整っている美乳が惜しげもなく露わになっている服装であった。俺の意図を汲むためか、至近距離まで距離を詰めるマイ。ほんのり甘い女の子の香りがより情欲を煽ってくる。


 正直な所、かなり煽情的だ。どうしても視線がそこへ達してしまう。


「‥‥‥っ」


 俺の視線を気づかれてしまったのか、マイがとっさに両腕を交差し胸元を隠した。マイがさっと後ずさりし、その色白の頬をたちまち朱に染め、羞恥の感情を顔に表す。


「‥‥‥エッチですよ、神楽さん」


 ぽそっとした死の宣告。


「そりゃそんな服装されたら見るだろ」

「開き直らないで下さいよぉ!私だってこの装備で動くのは恥ずかしいんですから‥‥‥」


 実際、目のやり場に困る。男であれば間違いなく視線を奪われるものがそこにある訳で、一度視線をからめとられたら最後、男は興奮を、女は羞恥を分け合う結果になる。


 正直、これはマイの服装が元凶だ。うん、そうだ。恥ずかしさを紛らわす事も含め、若干声を荒げて反論を試みる。


「じゃあなんでそんな服装をしてるんだ!」


 俺の疑問に対して、マイが指を左右に振る。


「これは守護騎士としての正装なんです。原理は後ほど説明しますが、心臓に直接大気に触れた方が戦闘の都合が良いんですよ」


 いたって真面目な口調でマイは説明をしてきた。


「今後の神楽さんの為、どうしてもこの街道を進んだ先にある街に行かねばなりません。ただ、この街道より現れるという情報を得ています。‥‥‥奴らの」

「奴ら‥‥‥?」


 彼女の言葉がそのまま現実に反映されるかのように、左右に分かれる樹海の影から人影が飛び出す。


「‥‥‥ッ⁉」


 咄嗟の来客に、俺は思わず息を飲んだ。

 やせ型でありながら筋肉隆々であり、引き締まった肉体に思える。土に汚れた軽装に、年季の入った鉈のような刃物。


「神楽さん、下がって。こいつらは盗賊です」

「盗賊‥‥‥⁉」


 思考と現実の反映が追い付かない。盗賊ってどんなゲームにもいる、あの盗賊なのだろうか。進行方向をふさぐように立つ三人の盗賊は、鉈の切っ先をこちらに向ける。


 二、三歩踏み込まれれば切りつけられるであろう距離での対峙だ。年季の入った鉈からは、鼻腔に染み付くような鉄の匂いが漂う。


「その刃を下げて下さい」


 街道中に響く、マイの一喝。殺気が満ち、今まで見たことのないような小柄な生物が一目散に退散してゆく。木々が揺れ、大気が震え、頭上の惑星に雲がかかった。


 降りかかる危機に対する魚の群れのように、命の反応が遠ざかる感覚を覚えた。


「お前たちは下がれ。俺が出る」


 若い二人の盗賊が一歩下がり、中年の男がこちらに歩を進める。


 鍛え上げた体躯で威嚇するかのように肩を揺らす。身長は190cmもありそうな大男だ。首をコキコキとならし、口角をわずかに上げてこちらに語りかける。


「すまねえな、嬢ちゃん達。恨みはないが、俺達も食いっぱぐる訳にはいかん」


 空きかけのマトリョシカのように、男の表情には二種の表情が浮かぶ。口角が主張する笑みと、眼光が示す残酷。

 そして盗賊は由緒正しき名家の出の如く、一寸の無駄もない最敬礼の姿勢を見せた。


「頼むから金だけ出して消えてくれ。さもなくは命を換金しなければならない」


 ‥‥‥その問いに対し、許される返答は一択のみであろう事は、だれが見ても明らかだろう。それくらいの威圧感を彼は放っていたからだ。


「まってくれ、俺達は何も」


 たまらず狼狽する俺の言葉を遮るように宣告が下る。


「親方ぁ、そんなに優しくせずともさっさとやっちまいましょうよ」

「‥‥‥賛成します」


 後衛の二人の主張を遮うように、親方と呼ばれる男が口を開く。


「まあ待てお前ら。こいつは俺の流儀という事を忘れたか?」


 彼の問いに一寸の疑問すら浮かべぬ、二人の解。


「「‥‥‥奪い奪われあう一期一会に、敬意と愛を」」

「そういう事だ」


 部下の一言と違えぬ詠唱に満足したか、どう猛な笑みが浮かぶ。親方と呼ばれる盗賊と同じくらい鍛え上げられた部下の一人。片方はいかにも粗暴という雰囲気が漂い、血に染まった腰布から別の何かを傷つけて間もないと見える。


「‥‥‥ではいつも通り、親方の指示に従います」

「いい子だ」


 一方、目より下をマスクで隠した盗賊は表情が読めないが、服装と体形から判断するに女性だ。小柄な体系である事と、慎まやかな胸部が収まる忍び装束、黒タイツすらり伸びる軽装であるが、腰や太ももには針や短刀といった暗器のような装備が無数に備わっていた。


「【鉤爪とアレ】だ」

「分かりました、親方ぁ!」

「‥‥‥了解しました」


 ボスの指示に寸分違えぬ連携を見せる一対の盗賊。目の当たりにする状況を以て、確信した。俺が今いる空間は現実だ。

 そして、選択次第では命を奪ばれようとしているこの状況もまた現実なのだ。


 現状を把握する最中、マイが一歩前に出た。


「貴方達、私が何者か分かっている上でその宣言をしていると?」


 マイの問いかけに、親方と呼ばれる盗賊が応答した。


「ああ知っているとも。この世界の崩壊を二度も防いだ英雄さんだろ。守護騎士・マイの名を知った上で、俺は嬢ちゃんに金を要求している」

(本当かよ‥‥‥)


 目の前の山賊は、対峙している存在が己よりはるかに強大と分かったうえで、あえて対峙している。どう見ても無謀な行動だ。


「マイ、お前そんなに有名な奴だったのか」

「過去にほんの少し暴れただけですよ、神楽さん。昔の話ですが、ウォーミングアップ程度に魔物の大軍を壊滅させた程度です」

「ああ、人魔戦争での活躍は聞いている。ドレスを着た英雄様が王都に迫った魔物の群れの大将首を何十何百とかっさらって、指揮系統を崩壊させたってのは国中の人間が知っているだろうよ」

「お褒めに預かり光栄です」


 その話が本当ならば、マイはおそらくこの世界で十本の指に入る強さなのだろう。いや、最も強いのだろうか。この世界がまだどんな世界かまだ分からないので断言はできないが。


 そんな俺の邪推を遮るかのように、隣の少女は高らかに宣言する。


「でも、神楽さんはもっと強い。私なんかよりも遥かに」

「え?」


 その言葉の意味が分からず、一瞬間抜けな声を出してしまった。

 力も何も‥‥‥俺はよく分からない世界に連れてこられただけで、何もできない存在だろうに。


「神楽さんが自分自身で気づいていないだけです。神楽さんの中に眠る、深い深い胸の底にいるその力に」


 マイが盗賊を警戒しつつも、その確信めいた意志を眼差しで伝達してくる。

 本当にそんな力が眠っているのであれば、今すぐにでも開放して目の前のならず者を駆逐してやるところだが。


「嬢ちゃん、あんちゃん。そろそろ決まったか?金を出すのか、臓器を差し出すのか」


 親方と呼ばれる盗賊がいらつきを匂わせる響きで最後通牒を送る。冷静さを失っているような雰囲気を出しつつも、こちらの出方を値踏みしているかのように臨戦の構えを崩さない。


 素人目にも分かる。目の前の男たちは盗みの———。


「こいつらは、殺しのプロだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る