第6話 遭遇


『超高難度ダンジョン【絶望の虚】』


「…………は?」


 たっぷり数秒かけて、現在地として表示されている文字を読み解く。


 まさか、そんなこと無いよな?


 ステータスの【運気】をカンストさせたのに、転生先がダンジョン――それも、如何にも攻略が難しい場所だなんてこと……。


 画面を操作して、地図アプリが示す現在地に関する詳細を開く。


 超高難度ダンジョン【絶望のうろ


 300年前、大国【マドラス帝国】に突如として出現したダンジョン。出現するモンスターのレベルは高く――

                   』


 そこから先は、内容が頭に入ってこなかった。


 自分でも血の気が引いていくのが分かる。


 気が引けるけど緊急事態のため、フェイトさんに電話をかける。


 しかし――



『ただいま電話に出ることができません! 多分、仕事中です! 何かあったらメッセージを残しておいてね!』



 留守電になっており、スマホからはフェイトさんの声で録音されたメッセージが流れるのみだった。


 メールを送ってみたけれど、返信が来ることは無い。


 これは、ツケなのだろうか?


 フェイトさんから不幸体質が治ると言われた。


 更にステータスを【運気】に極振りしてカンストさせた。


 とは言っても、やはり一度死ぬような人間に運がある訳がない。


 思い上がった罰なのだろうか?



 ……いや、こんなところで諦められない。


 二度目の人生は始まったばかりなんだ!


 すぐに諦めてどうする?


 何としてでもここを抜け出して、異世界を生きてやる!


 挫けそうになる己の心を奮い立たせる。



 改めて【絶望の虚】の解説を読む。


 【絶望の虚】は地下に広がる巨大なダンジョンで、現在地を調べてみると198階層。


 どうやら一般的なダンジョンは10階層ごとに地上に転移する装置があるらしく、ここもその例に漏れないようだ。


 それなら、無理に上を目指すよりも下を目指して進む方が、地上に辿り着ける可能性が高い。


 ひとまず200階層にある転移装置を目指すことにしよう。


 ただ、地図アプリはダンジョン内において、俺の半径50mしかマッピングされていないため、次の階層に繋がる階段がどこにあるのか分からない。


 俺が転移したのは一本道の中央。


 まずは、どちらに向かうか。


 前か、後ろか。


「【フォーチュンダイス】」


 フェイトさんにもらったスキルを早速使う。


 すると目の前に、ガラスのような材質のサイコロが一つ現れた。


 重力に引き寄せられるように、ゆっくりと落下を始めた【フォーチュンダイス】を掴む。


 前と後ろ、それぞれ一回ずつ投げて占い、出目の大きかった方向に進もう。


 一回目は前。


 出た目は【5】。


 なかなか大きい。


 これは前で決まりだろうか?


 一応、後ろについても占っておく。


 結果は――【6】。


 まさか後ろになるとは思わなかった。


 【フォーチュンダイス】が正解を引いてくれていることを願いつつ、俺はスマホのライトを頼りに暗闇の中へと歩き出した。



***



 懐中電灯モードにしたスマホをかざし、洞窟の中を歩く。


 ダンジョン【絶望の虚】は思ったよりも広いダンジョンのようだ。


 その証拠に、転生地点から一時間近く歩き続けても、198階層のマッピングは1%にも満たない。


 暗い洞窟内で光を灯すことは、敵に発見されるリスクを増加させる。


 特に、モンスターと戦うだけの能力値もスキルも武器さえ持たない俺にとって、敵との遭遇は即ち“死”を意味する。


 どうしようもなく喉が渇く。


 一歩を踏み出す足が重い。


 フェイトさんに直してもらったリュックサックの中から革の水筒で、カロリーバーの形をした携行食に口を付ける。


 万全の準備を整えてくれたフェイトさんに、心の中で改めて感謝をする。


 しかし、安心はできない。


 水筒は魔力が続く限り水を生成してくれるマジックアイテムだが、携行食のほうは限りがある。


 その数、残り20個。


 これが尽きる前に、どうにかしてダンジョンを脱出したい。


 周囲を警戒しつつ、歩くことさらに数時間。


 分かれ道に出るたびにモンスターとの遭遇を警戒し、【フォーチュンダイス】で下層に続く道を判断する。


 暗闇に閉ざされた洞窟ではスマホの明かりだけが頼りだ。


 足元に気を付けつつ進んでいく。


 それでもやはり、凹凸が多くて陰のある回廊を歩くのは困難だった。


 何かに足を取られて転んでしまう。


「ッ‼」

『――』


 明らかに洞窟の岩とは違う感触。


 振り向くと、そこには一匹の黒いスライムがいた。



【ダークスライム】

レベル:245

体力: 2450

精神力:490

持久力:2540

筋力:2675

技量:1495

知力:625

信仰:245

運気:245



 咄嗟に【鑑定】を使って視えた数値は驚くべきものだった。


 どの項目も出鱈目に高い。


 何より、レベルの欄にある【245】の数字。


 それが意味するのは、スライムが俺よりも圧倒的な強者であるということを示していた。


――動いたら、殺される


 本能的に直感してしまった。


 たった数メートル先に、猛獣よりも恐ろしい存在がいる。


 その事実は、俺から逃げるという選択肢を奪った。


 直径30cmほどのスライムのはずなのに、足がすくんで動けない。


 ただ、いくら待ってもスライムが襲い掛かってくる雰囲気を出さない。


 もしかして――


「弱ってる?」

『……』


 恐る恐るスライムを撫でてみても動かない。


 生きてはいるようだけれど、動く気力も無いみたいだ。


 邪な考えが俺の中に湧き上がる。


(コイツを倒せば俺のレベルが上がって、ダンジョンからの脱出の可能性も高くなるんじゃないのか?)


 ダークスライムのレベルは245。


 倒して得られる経験値は確実に多いはずだ。


 だけど……。


 俺は潤いの無いスライムに水筒の水をかけてやる。


 弱っている奴を痛め付けるような真似は俺にはできない。


 ましてやこいつは俺に何の敵意も害意も向けてきていないのだから。


「食べられるか?」

『……』


 携帯食料を近づけてみるが反応は無い。


 何となく、携帯食料これはお気に召さないように思った。


 ならばと、リュックサックの中からおにぎりを取り出す。


 死ぬ前、警察からの事情聴取が思ったよりも長くて食べ損ねた昼飯だ。


 節約のために具材も海苔も無い、ただの塩おにぎり。


 だが、これにスライムが反応した。


『!』

「うおっ!」


 突然、俺に飛び掛かってくるスライム。


 一瞬「攻撃か⁉」と身構えたが、狙いは俺じゃなく、手に持った塩おにぎりの方だった。


 俺の手からおにぎりをひったくると、包んでいたラップを器用に剝がし、夢中になって食べ始める。


 それだけ元気があるなら大丈夫だろう。


 俺はスライムに背を向け、先を急いだ――

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