【第1章】 林間キャンプ編 斉藤ナツ 4

 たき火を挟む形で私の対面に体育座りしている女性を見ながら、私はどうしたものかと困惑していた。彼女は相変わらずたき火に顔を向けている。たき火に当たらせてくれと言うぐらいだから、寒かったのだろうか。


「カメラ・・・・・・」


 しばらくの沈黙のあと、彼女がぼそりと言った。


「はい?」


「カメラ、好きなの? いいのを持ってるから」


 私の一眼レフのことを言っているらしい。見えていないようで、ちゃんと見えていたようだ。「ええ、まあ・・・・・・」と歯切れの悪い返事をする。


「私も好きだったんだ。よく星空を撮ってた」


 話を寄せてくれたのかもしれないが、今の一言ですでに趣味が合わないことが明らかになってしまった。と言うか、たとえ趣味があっていても別に雑談トークをしたい気分ではない。どうしたものかと途方に暮れていると、彼女が膝を抱きしめるように身を縮めた。


「寒い・・・・・・」


 確かに昼間に比べて冷え込んできていた。しかし、たき火は景気よく燃えているし、彼女のパーカーは汚れてはいるものの有名アウトドアブランドのもので、あったかそうな分厚い生地だ。もしかしたら私とは気温の感じ方自体が違うのかもしれない。 


「寒い」と、彼女は繰り返した。


 私は黙り込む。


「ずっと、山を迷ってるの」


 反応しない私に彼女は続ける。


「早く出たいの」


 彼女の声がだんだん悲壮に震えはじめた。


「山を下りたいの・・・・・・ どうしてもここを出たいの」


 ついに押し殺した泣き声に変わった。


「お願い。ここから出して」


 なんとなく事情は察したが、困ってしまう。


 よくわからないけれど、それは無理なんだろうなあ。だってこの人、完全に死んでるし。


 彼女の頭は、鼻から上が無かった。本来両目があるはずの場所から上が大きく欠損しており、顔の上半分があるはずの位置には背後の木が見えていた。


 いつだったか、ネットで読んだ眉唾な記事を思い出す。岩山登山の途中に落下死した死体は、スイカわりと称されることがあるらしい。岩肌から落下する間に重みで頭が下になり、そのまま岩に激突するから、そう形容できる状態の遺体になって見つかるそうだ。彼女がどうだったかはわからないが、少なくとも、もうこの世のものではない。


 うん。困った。幽霊の類いに遭遇するのは初めてなので、対応の仕方がわからない。気まずくなって、意味も無くトングでたき火をいじる。


 そもそもまず、幽霊はやっぱり自分の死に気づいていないものなのだろうか。だとしたら、「いや、あなたもう死んでいますよ」と伝えていいものなのだろうか。わからない。なにが正解だ。


「ねえ・・・・・・ すごく寒いの。家にもどらなきゃ」


 彼女は小刻みに震え始めた。


「ねえ助けて。お願いねえ」


 全身がガクガクと痙攣をはじめた。顔で唯一残る口もしゃべるのをやめない。


「ねえ、お願いねえ、ねえ」


 声のトーンがだんだん上がっていく。


「ねえねえねえねえねえ」


 私は大きく舌打ちをした。


「いや無理でしょ? あなたもう死んでますし」


 なんか面倒くさくなってしまった。


 彼女は面食らったようにしばらく黙った。そして、一言、「えー・・・・・・」とだけ漏らした。


 よし。とりあえず話はついたらしい。気を取り直して、中断していた調理に戻ろう。今日の2品目はサバ缶を使ったアヒージョだ。野菜はミニトマトとブロッコリーを用意してある。カゴをがさがさと探り材料を取り出す。


「え・・・・・・ いや、え?」


 調理にはスキレットを転用しよう。肉の脂をティッシュで拭き取り、再び火にかける。先にオリーブオイルを注ぎ、ニンニクと鷹の爪をー


「ちょ、ちょっと待って! え? そんな感じ?」


 そんな感じとはどんな感じだろう。私のキャンプスタイルに異論でもあるのだろうか。まあ、他人の意見に流されないのが私のいいところだ。


「え? まって。これ、そんな風に流していい話? いや、目の前の私、ええと、あれで、その、死んでるんだけど」


「はい見ればわかります。頭半分ありませんから。知ってました?」


「ああ、うん、知ってた。知ってるけど、え、そんな感じで料理再開しちゃうの? え、片手間?」


 よくしゃべる幽霊だな。こっちはわざわざ遠方の山奥にはるばる来て、サイト料を払ってまで一人になりに来ているのに。だんだん腹が立ってきたので、無視することにした。


「えーと、聞いてる? もしもし? 私、こう見えても、というか、見たとおり、悲惨な死に方してて・・・・・・ その、思い残しとかもあって・・・・・・ いやブロッコリーを切るのをやめろ!」


 具材をあらかたスキレットにぶち込み、あとは火が通るのを待つだけとなったところで、あまりにうるさいので話をしてやることにした。




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