(9-3)


   ◇


 去っていく電車を見送って、オレは胸ポケットからカードを取り出し、自動改札機にタッチした。

 あれ?

 なぜか反応しない。

 と、よく見たらそれはトランプだった。

 なんでハートのエースが?

 さっき会った彼女に渡したのがいつの間にか返ってきたらしい。

 しかも、『チホ』と名前が書いてある。

 すごい手品だな。

 全然気づかなかったよ。

 彼女、まるで本物の魔法使いみたいだな。

 改めて交通カードを取り出してタッチし、駅舎を出たところで、オレの頬に水滴が落ちてきた。

 なんだよ、天気雨かよ。

 ついてないな。

 オレは彼女から借りたタオルを頭にかぶせて自転車置き場に向かった。

 どうせ洗って返すから、いいだろう。

 そうだ、このトランプもまた渡さないとな。

 手品ができないと困るだろうし。

 会う口実ができてありがたい。

 と、雨はもうやんでいた。

 天気雨だもんな。

 見上げると、空いっぱいに虹が架かっていた。

 オレはスマホを取り出して写真に収めた。

 今度会った時に見せよう。

 ついでに連絡先も聞けたらいいんだけどな。

 虹って不思議なもんだ。

 見てるだけでうれしくなる。

 水と光と見る人の位置関係で決まるただの科学的現象なのにな。

 でも、それが重なる偶然に立ち会えるってこと自体、もう魔法なのかもしれないか。

 人の出会いも同じだ。

 タオルをかごに入れてオレは自転車にまたがった。

 彼女の顔を思い浮かべながら虹に向かってこぎ出す。

 鏡なんか見なくても分かる。

 オレは今、間違いなく笑顔だ。

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