086.ミニックの父親
「うちに戻ってこい!」
ミニックの父親が肩を怒らせながら、テーブルの前まで歩いてきた。ミニックを威圧しようとしているみたいだけど小さな体と相まってなんだか滑稽に見えてくる。
「おい、どういう用件だ?」
ボーダンがミニックの父親を怖い顔で見下ろしながら睨んだ。ミニック父は急に怯えたような表情になったがボーダンを睨みつける。
「こ、これはオレとミニックの問題だ。ぶ、部外者は黙っていてもらえないか」
「部外者だぁ? オレとミニックは友人だ。口を挟む権利はあるはずだがなぁ。髭ズラの小人族さんよぉ」
「ひぃ!!」
ボーダンにビビって腰を抜かすミニック父。完全に小物だね。ミニックのビビりはこの父親の遺伝なのかも。ミニックも残念なものを受け継いでしまったものだ。
あ、一応こいつのステータスを確認しておくかな?
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名前:デビッド
種族:小人族
職業:商人
技能:算術
魔法:感知
恩恵:─
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うん。明らかに弱そう。なんで戦闘系の
「ボーダン。いいのです。お父様。ついていけばいいのです?」
「おいおい。いいのかよ? こいつはお前を捨てた父親だろ? ついていく義理はないと思うぜ」
「それでもなのです」
「そうかよ。わかったぜ。おいお前。今回はミニックに免じて許してやるがな。次はねえぞ」
そう言ってボーダンが腕を組んで椅子に座る。ミニックは腰を抜かした父親の手を引いて立ち上がらせてその目を見た。
「それで、何か用なのです?」
「いいからついてこい!」
「わかったのです」
「ふ、ふん。そうだ。最初からいうことを聞いておけばよかったのだ。これから家までいくぞ」
父親に腕を引っ張られてミニックが店を後にする。リアナのホークが心配そうにみつめているのが見える。
「痛いのです。離してほしいのです」
「いいだろう。だが家までちゃんとついてこい」
「わかってるのです」
それにしてもこの父親はミニックを連れ帰って何をするつもりなんだろう。もしかして、強くなったミニックを手放すのがもったいなくなった? それでミニックを手元に置いてこき使おうとしている? ばかばかしい。そんなのミニックが従うわけがない。従わないよね?
『本当についていくの?』
『……そうなのです』
『ボーダンのいう通り、こいつのいうことを聞く必要はないと思うけど』
『悪魔さんは黙っててほしいのです。これはぼくの問題なのです』
あーそういうこと言っちゃう? ちょっとムカついた。
『……あっそ。それなら好きにしたら』
『そうさせてもらうのです』
売り言葉に買い言葉で言ってしまったけど、どうせあの親父に何かできるとは思えないしとりあえずいいか。どうせミニックもすこし話すだけのつもりでいると思う。さすがにあの父親に従うということはないはずだし。
それにしてもミニックはわたしに従うと約束したことを忘れてないよね? もし忘れてるならわたしにも考えがあるけど。できることならわたしにその手段をとらせないでほしいね。
わたしが悶々とフラストレーションを溜めながら2人についていくとやがて家についた。何度見ても小さな家だ。小人族用の家はみんなこうなのだろうか。多分そうなんだろうね。
「帰ったぞ」
「やっと帰ってきたのかい。これだからダメ息子は」
「おいグズ。手間取らせやがって」
「ダメ兄が帰ってきた〜ぎゃはは〜」
ミニックが家に入った途端、罵詈雑言が飛んでくる。自分達が呼んでおいてこの扱いか。少ししか面識ないけどこいつら本当に嫌な人間だね。まあわたしがいうのもなんだけどさ。
「それでなぜぼくは呼ばれたのです?」
「もちろん、我が家のために働いてもらうためだ」
「そうだね。家にお金を入れてもらわないと」
「そうだそうだ。Dランク冒険者だったら稼ぎもいいだろ! とりあえず今ある金出せよ」
「金出せ〜」
まさかと思ったけど本当にそういうことを言ってくるとは。あまりに無知蒙昧では? 面の皮が厚いというかなんというか一周回って尊敬するわ。もちろん悪い意味で。
一応全員〈天眼〉で確認したけど誰も戦闘系の技能も厄介な技能も持ってなさそう。これでミニックに突っかかってるんだから笑ってしまう。
「いやなのです。ぼくはもうこの家とは関わらないのです」
「なんだと! 俺たちに育ててもらった恩を忘れたのか!」
「育ててもらった恩なのです?」
悩み始めるミニック。いやそこで悩む必要ないから。こいつらから育ててもらった恩なんてどうせ大したことないから。
『こいつらぶっ飛ばして出てく?』
『ちょっと黙ってるのです』
建設的な意見だと思うんだけど。やっぱりミニックが反抗的だ。カイレンを見殺しにしたのは失敗だった? だけどミニックの残機は減らしたくないから仕方がなかったし。
ミニックは少し考えたあと、収納からお金を取り出した。
「今ある全財産なのです。手切金なのです」
急に空間からお金が出てきたことに少しびっくりしたような表情を見せたミニックの父親だったがすぐにミニックからお金を取り上げて確認し始める。
「手切金だと。まあまああるじゃないか。だが足らん!」
「全然足らないね。そうだ。あんたの武器があるらしいじゃないか。それを渡してもらおうじゃないか。そうすれば出て行くのを許してもいいよ」
「それはいいアイディアだ母ちゃん。おいグズ! 武器はオレが使ってやるからさっさと出せよ」
またもや悩み始めるミニック。だけど悩む必要ないんだよね。
『別に渡してもいいんじゃない? 異空間でいつでも取り戻せるし?』
ミニックがニュートラルアークデュオを異空間から取り出した。
「……これなのです。渡したらもうこの家とはなんの関係もないのです。それでいいのです?」
「まあいいだろう。本当はこの家で働いてもらうつもりだったがその必要もなくなったしな」
そのままニュートラルアークデュオを父親に渡して玄関から出ようとする。
「ではさようならなのです」
「ああ。さよならだ──とでもいうと思ったか!! 間抜けめが!!」
『っ! ミニック! 避けて!』
玄関から出た瞬間、何者かがミニックの頭に峰打ちをくらわせた。ミニックが気絶して倒れ込んでしまう。
しまった! ミニックの家族は警戒してたけど外は警戒していなかった! 油断した!
家の中から父親が出てきてミニックを気絶させた男に近づいていく。
「これで奴隷としての料金は払っていただけるのですよね?」
「ああ。忌子の身売りは合法だ。奴隷紋を施したら料金は払う。ちょっとまってろ」
奴隷? 身売り? 奴隷紋? この男は何を言ってる? 何をしようとしている?
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名前:ライル
種族:人族
技能:奴隷術
魔法:風
恩恵:─
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そこにあるのは奴隷術の文字。まずい! 嫌な予感しかしない!
『ミニック!! 起きて!!』
だが、ミニックはみじろぎするだけで起きることはない。その間にもライルという男は筆を使ってミニックの胸のあたりに紋様を描き込んでいく。あれが奴隷紋? 描き終わる前にミニックを起こさなければ!
『起きなさい!! ミニック!!』
「……これで完成だ」
薄暗い光がミニックの体を包んでいく。
わたしの願いも虚しくミニックの奴隷紋が完成してしまった。
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