033.癒しの光

 哀れな偽水竜王を倒した後、二人はボス部屋から出て5階層と6階層を繋ぐ中間にあるセーフティーエリアで休憩を取ることにした。


 なお、ネプトリオンドラゴンイミテイトのドロップは〈偽水竜王の宝石〉だった。水属性の攻撃に補正が入る宝石で、装備品の素材として重宝されるものらしい。ただアルトとノーアは水属性を持たず換金するあても今はないので、有り体に言うと必要のないものだった。むしろ水が欲しい。


 ともあれアルトたちが今いるセーフティーエリアは魔物が近寄ることのない、祝福に守られた安全な場所だ。だけどそれは必ずしも人が人に害をなさないことを意味しない。魔物の侵入を通さないだけで人の侵入は通すのだから当たり前なんだけど。

 そういう理由で、アルトとノーアはセーフティーエリアの中でも順番に夜番を立てて交互に寝ることにしたようだ。

 本来ならわたしが寝ることはないので二人が一緒に眠ってしまっても大丈夫なんだけど、聖霊に不寝番をさせるのは二人的にはダメらしい。


 そんな夜番の中、アルトはいつも通り魔法の練習をしている。ホーリーヒールだ。未だに「神への祈りをイメージする」ということを掴めていないようで随分と苦戦している。


 ドタドタドタ!!


 下の方から人が駆け登ってくる音がした。アルトがそれを警戒し剣を取り出し身構える。


 音の主はダンジョンの6階層側から駆け上がってくる冒険者たちの一行だった。彼らの装備は傷んでいて、汚れや傷跡が目立っている。かなり焦っている様子だ。見ると一人の女性が男に担がれている。女性はぐったり腕が垂れ、顔色も悪く肌がゾンビのように灰色がかり生気を感じさせない目をしている。よく見なくてもその腹には半分風穴が開いていて、右足は根本から切断されている。


「すまない!! ポーションを持っていないか!? このままだとレイラが……」


 アルトを見るなり女を担いだリーダーらしき男がすがるようにそう言った。

 その間にも腹から足から血が流れ出ている。


「たしかノーアさんが買ってきてるはず! ちょっと見てきます!」

「急いでくれ!! 頼む!!」


 アルトはすぐに戻ってきて男に小さな小瓶をいくつか手渡した。


「中級ポーションです! 使ってください!」

「恩にきる!!」


 男は他の仲間たちと共同して無理矢理にでも女性にポーションを飲まそうとした。しかし、女性は飲み込むことができない。そのことを悟った男は風穴の開いた腹と右足の切断面に幾つかに分けて振りかけはじめた。


 女性は痛みに小さく唸り声をあげる。弱々しい声と比例するようにポーションの効きはお腹の風穴が少し塞がり、足の流血が少なくなる程度にとどまる。

 女性の息が細くなっていく。灰色だった肌がさらに色褪せていく。目から光が失われていく。


「ダメか……くそ!!」


 男が地面を割る勢いで地面を叩く。


『セイさん! あの人を助けられませんか!?』


 アルトは悲しげにすがるような表情を浮かべていた。わたしには横たわる女性を冷静に見ていた。アルトの助けたいという思いは伝わるが共感はしていない。今出会ったばかりの見ず知らずの女性。本来わたしたちが助ける必要のない命だ。


『……調べてみる』


 それでもわたしはアルトの助けたいという気持ちをくむことにした。わたしは自称アルトの味方だ。納得のいくまでは付き合うことにする。


 彼女の情報はないかな? 今必要な情報だけ欲しい。


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 名前:レイラ

 種族:人族

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 そうじゃない。彼女の状態がわかるような情報はない?


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 名前:レイラ

 種族:人族

 状態:重症・冥府の呪い

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 よし。重症というのは……今はいいか。〈冥府の呪い〉というのが気になる。先に調べるべきだね。


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 症状:冥府の呪い

 冥府を纏うドラゴンの眷属によってかけられた呪い。肌が灰色になり深淵の力で徐々に魂を吸い取り人種を廃人化する。人族にかけられた呪いは強力な聖属性による浄化や回復によって解くことが可能。

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『呪いがかけられてるみたい。聖魔法でなんとかなるかもしれない』

『わかりました! やってみます!』


「ちょっと失礼します」

「おい! 何を……」


 アルトはさえぎる男を無視して女性の前に膝をついた。

 女性の前で精神集中を始める。アルトの周りに魔力が集まり、かざした手から光が溢れ出す。


「ホーリーライト!」


 光が女性を包んだ。しかし肌はくすんだ灰色のままだ。症状が良くなった感じがしない。


────────────────────

 名前:レイラ

 種族:人族

 状態:重症・冥府の呪い

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『ダメだ。治ってない』

「……まだです!」


 続けてアルトは手を組んで祈るポーズをとった。再度魔力が高まっていく。そして……。


「ホーリーヒール!」


 今まで発動の兆しを見せなかった魔法が発動した。

 アルトの掌から輝く白い光が溢れ出し、まばゆい光輝のエネルギーが女性の周囲を包み込む。


 腹の傷口が徐々に癒え、右足がゆっくり光を帯びて再生されていく。灰色だった肌も徐々に生気を帯び、瞳には光が戻ってそのまま目を閉じた。


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 名前:レイラ

 種族:人族

 状態:通常

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『もう大丈夫みたい』

『そうですか!』


 アルトは安堵の表情を浮かべてホッと息をついている。女性は安らかな寝息を立てていて、容態も安定していそうだ。


 その横にいる男と仲間たちは良くなった女性を見ながら固まっているけどね。しばらく帰ってきそうにない。


「何?」<何かあったの?>


 今更になってノーアが眠りから起きてくる。だけど今はちょうどよかったかも。固まっていた男がはっとしたようにアルトを向く。


「聖女様!! ありがとうございます!! レイラが生きているのはあなたさまのおかげです!! この御恩は忘れません!!」


 聖女と勘違いされていた。急に丁寧になった男の言葉にアルトはピシりと固まっている様子だ。顔のは引き攣った笑みが張り付いている。


「アルトは聖女?」<アルトは勇者じゃなくて聖女だった?>


 ノーアがニヤけながらアルトにそういった。これは完全にからかっている顔だ。ノーアは以外に表情が顔に出る。


「聖女じゃありません!!」


 うん。聖女ではないね。アルトは勇者の種だよ。

 元聖女の子ではあるけどね。

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