第5話 覗き見


 廊下を歩いていると突然後ろから抱きつかれた。


「きゃあ!」


 首を捻って後ろを見ると綺麗な顔の女の子が私に抱きついていた。


「ん~ナチカちゃんは柔らかいなぁ。あといい匂いする~」


「ちょっ、もしかしてハクロくん!?」


 聞こえてきた声はどうみても男の子。私は慌てて体を引きはがした。振り返ると短いスカートの制服を着た白露くんがにこにこしながら立っていた。


「え~もうおしまい? つれないなぁ」


「何言ってんの!? いきなりなんなのよ!」


「や~怒んないでよぉ。最近ナチカちゃんがフリーになったって聞いたから告りにきたの」


 モデルみたいに整った顔が私の間近に迫って来て、私は思わず固まってしまった。


「もぉ、そんなびっくりしないで。今日の放課後ってあいてる? フユキの事、相談に乗ってあげよっか?」


 冬至ふゆきという名前を聞いて私ははっと我に返った。白露くんは私と同中。しかも冬至と仲が良かった。もしかしたらいいアドバイスが聞けるかもしれない。



 学校終わりで白露くんにお洒落なカフェに連れてこられた。テラス席に座り、両手でカップを抱えて飲む仕草は本当の女の子よりも女の子っぽい。彼は私と目が合うとふわっと微笑んだ。


「それで、結局なんでフユキと別れちゃったの?」


 私は目線を逸らすように下を向きながら答えた。


「私が……キヨアキくんとラブホに入るとこを写真にとられちゃって。それで……」


「あら~。それでキヨアキとはやっちゃったの?」


「そんなのしてない! すぐに出たし!」


「すぐに出ちゃったんだ? あいつ早漏?」


「そうじゃなくて! 私がラブホを出たってこと!」


 私がぷうっと頬を膨らましていると白露くんは楽しそうに笑っていた。


「ごめんごめん。可愛いなぁナチカちゃんは。フユキともそういうのはまだだったの?」


「うん……全然そういう素振りもなかった」


「ふ~ん。あの男がねぇ」


 ぼそっと呟いた白露くんの言葉は雑踏の音に紛れよく聞こえなかった。彼は私をちらっと見ると少し真顔になって話し始めた。


「やっぱりナチカちゃんって純粋さが前面に押し出されちゃってるんだよねぇ。エッチなんか汚らわしい! みたいな」


「そ、そんなことない!」


「だからフユキも気が引けてたんじゃないかなぁ。手出して嫌われたらどーしよ、って」


「そうなのかなぁ……」


 白露くんがテーブルから身を乗り出しながら私に顔を接近させてきた。


「ねぇねぇ。ナチカちゃんもちょっとだけさぁ、大人の女性に近づいてみない?」


 そう言うと白露くんは、返事に困っている私の手を引いてカフェを後にした。




 今日はお手伝いさんもいないから、と言われ私たちは白露くんの家に向かった。彼の家はまさに大豪邸で、案内された彼の部屋も広く、まるでお姫様が住んでるような部屋だった。


「わ~かわいい~」


 私もついテンションが上がり、思わず天蓋付きのふかふかのベッドに飛び込んだ。


「はい、ど~ぞ」


 白露くんが持ってきた可愛いグラスの中にはピンク色のジュースが入っていた。


「お酒とかじゃないから安心して」


 恐る恐る飲んでみると、甘いピーチの味が口いっぱいに広がった。あまりの美味しさに私はそれをぐいっと飲み干した。


 白露くんが私の横に座りしばらく話していると、なんだか頭がふわふわとしてきた。体が熱くなってきてなんだか変な感じだ。


「どうしたのナチカちゃん? 目がトロンてしてるよ?」


 白露くんが耳元で囁いた。その吐息がかかっただけで私の体はビクンと反応してしまう。


「あっ……」


 白露くんの柔らかな指先が私の手に絡んでくる。彼が私の手を持ち上げ人差し指を口に含んだ。


「……やっ」


 下で転がすようにして彼は私の指を舐めた。そして空いている手で私の頬を撫でながらまた囁くように呟いた。


「女の子同士だと思えば嫌じゃないでしょ?」


 そのまま優しく肩を抱かれるとベッドへとゆっくりと倒された。


「ガタッ!」


 その時クローゼットの中から音が聞こえた。私は思わず体を起こして音のする方を見た。


「たぶん猫だよ。気にしないでナチカちゃん」


 白露くんはそう言ったけど、私はなんとなく胸騒ぎがした。彼の手を振りほどきクローゼットの方へと歩いた。


「ちょっ! 待って!」


 白露くんの声を無視して私は扉を開けた。


 するとそこにはバツが悪そうに下を向いた冬至が座っていた。


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