第3話 第二の刺客


 結局昨日は冬至からの返事はなかった。失意の中、私はひとりで学校に向かった。きっと冬至は今日も朝練だろう。


「どったの? ナチカ。顔色悪いよ」


 席に着くと立夏りっかに声を掛けられた。はち切れんばかりの胸をゆさゆさと揺らしているが、彼女は男子みたいにさばさばとした性格の持ち主である。


「ちょっとフユキとケンカしちゃって……うちら別れるかも……」


「えー! 一大事じゃんそれ! 詳しく聞かせなよ」


 さすがに教室のど真ん中でそんな話が出来るはずもなく、話をするのはお昼休みということになった。 




 お弁当片手に屋上へと向かう。ぽかぽか陽気で絶好の日向ぼっこ日和だけど、私の気持ちはどんよりとしていた。


「弁当食えないならおれが食べてやろうか?」


 立夏と一緒について来た雨水うすいが茶化すようにそう言った。この二人も冬至と同じで幼稚園からの同級生。昔からよく四人で遊んでいた。


「大丈夫。胸いっぱいだけどお弁当は別腹」


「それ別腹の使い方おかしいだろ」


 雨水がケラケラと笑っていると立夏が彼の背中をバシッと叩いた。


「ちょっとウスイふざけない! ナチカは今危機的状況なんだかんね!」


「バーロぉ。ここは笑ってやんないとナチカが可哀想じゃん」


 やいのやいのと言い争う二人を余所に、私は早速卵焼きを一口頬張った。こうやって賑やかにしてくれていた方が今の私には正直ありがたい。昨日の夜から何も食べれてなかったけど二人のお陰で少し元気が湧いてきた。



 それからたわいのない話をしながらお昼を食べ終えると、私は二人に一連の出来事を全て話した。立夏は軽々しくラブホに行った私に怒り、雨水は清明くんに対し腹を立てていた。


「それにしても小雪の動きが怪しいわね。小雪とは話したの?」


 立夏に怒られしゅんとした私は小さく首を横に振った。


「まだ時間あるよね。よし! じゃあ私が聞いてくる!」


 彼女は昔から思い立ったらすぐ行動のタイプだ。スカートをひらひらさせながら屋上から走り去っていった。残された私と雨水は、二人でしばらくぼーっと空を眺めていた。


「簡単に別れるなんて……フユキも冷たいよな」


 いつもよりも穏やかな声で雨水がぽつりと呟いた。普段彼はムードメーカーでよくお茶らけてはいるけど、本当は誰よりも周囲に気を配り相手の気持ちをよく考えている。優しいとこは昔からちっとも変ってないな、と私は思わずくすりと笑った。


「私が悪いんだからしょうがないよ」


「ナチカは悪くねーよ。悪いのは強引に誘ったキヨアキだろ」


「でも――」


「やっぱりフユキとは別れたくないのか?」


 突然、雨水が私の肩を掴み真顔でそう言った。彼の大きな手のぬくもりが肌へと伝わる。


「うん……私はまだ好きだから」


「ナチカ――」


 名前を呼ばれた瞬間、雨水が私をぎゅっと抱きしめた。驚きのあまり私は体を強張らせた。でも彼の腕の中にすっぽりと包まれ、次第に私は肩の力を抜いた。


「おれはナチカのことが好きだ。小さい頃からずっと……」


「えっ……」


「おれはおまえを悲しませたりしない。おれと付き合わないか? ナチカ」


 

 さらに強く抱きしめられ、私は彼の胸の中へと顔を埋めていく。陽だまりの匂いが私の鼻をくすぐった。




 少しだけ開いた扉から雨水の声が聞こえていた。どうやら夏至に告白したようだ。彼が昔から夏至を好きなことは知っていた。だからあえてこうして二人っきりにしたのだ。


 私は足音を立てないよう階段を下りた。そしてスマホを開き冬至にL1NEを送った。


〈ウスイがナチカに告ったよ~うまく行きそう♪〉


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