入学式の夜

 入学式の後、部屋の割当てが発表されて、新入生は在校生に部屋まで案内されることになった。


 部屋割りは守護星判断の順に割り当てられたが、ソルとポーンはアルマティ副校長の呼び出しの関係から、順番を外れ、説教が終わって後で、アルマティ副校長に余りの部屋に案内された。


「ここが貴方たちの部屋です」

「うわっ、埃だらけじゃないか……」

「当然でしょう。恨むなら説教を受けなくてはいけなくなった過去の自分を恨むのです」

「はーい……」

「だらしない返事ですね。『はい』は短く」

「はい」


 二畳半の室内に、二段ベッドと小さな机が置いてある簡素な部屋で、荷解きをしながらポーンがソルに話しかけた。


「説教は余計だったけど、君と一緒の部屋で良かったよ。今を逃せばきっと君と同じ部屋で過ごすことは一生ないからね」

「そうなの?」

「さっきも言ったけど、等級ごとにカリキュラムは別れていくんだ。だから、部屋割りもそれに合わせて変わるのさ。僕は三等星、君は極星の持ち主。この共同生活もあと二年だけさ」

「そうなんだ……。なんか残念だね」

「ああ、だから、なるべく楽しく過ごそうよ。それに二人だけの秘密とか作ったりしてさ」

「いいね!こっそりと部屋を抜け出したりして——」

「うんうん。僕もやった」

「そして、深夜の山なんかを走り回ったり!」

「嘘だろ?!ちょっと外に出てみるとかじゃないのかい?深夜の山には奈落の徘徊者ウォーカーが出るかもしれないじゃないか!奴らと出逢ったらどうするのさ?!」

「えっ?奴らはそんなに危険じゃないよ。死なないのは厄介だけど、少し攻撃してから逃げればなんとかなるし。問題は惑わす精霊ティクシーたちの方さ。あっちは僕を道に迷わせようとしてくるから——」

「……」


 ポーンが大口を開けてソルを見つめていた。それに気付いたソルが首を傾げる。


「あれ?どうしたの?なんか変なこと言った?」

「……道理で怒られ慣れているわけだ。君といたら僕の顎が閉じることはなさそうだよ」

「どういう意味?」

「君とは上手くやれそうだってことだよ」


 そう言ってポーンは自分の顎を手で押し上げて口を閉じた。ソルが何も気にせず無邪気に微笑んだ。


「そう、それなら良かったよ」




****


 消灯時間が過ぎ、皆が寝静まった頃、ソルの下にノルン校長が訪れた。


「ちょっといいかな。ソル・ヴィラオ」


 優しい笑顔を浮かべながらそう言ってソルを外に連れ出し、星空の下敷地内を歩きながら校長はソルに打ち明けた。


「今まで職員会議をしておった。理由は君じゃ、ソル」

「僕ですか?アルマティ先生の説教の件ですか?」

「いいや。お主が極星を持っていることじゃ。

 ワシが知る限り極星を持つ者が同じ時代に生きていたことはない。故に大人たちは混乱しておる、前代未聞の出来事じゃ、と」

「どうしてですか?」

「ソル歴史は得意か?」

「いいえ」

「ならば、よく学ぶことじゃ。いずれ役立つ日がこよう。

 ソル、よく覚えておくのじゃ。極星を持つ者が現れるとき、そこには必ず争いと悲劇が待っている。

 前回であればレオパルド将軍というこの国の将軍であり、支配者だった男。彼はその力により、小競り合いの絶えなかったこの地帯を平定した。攻める方向に力を行使したのじゃ。しかし、その侵略戦争により、ある一国は全員が死ぬことになった。"アイズ小国の悲劇"と呼ばれる出来事じゃ。

 一方、神話の中には英雄の目の前で悲劇が起こり苦しめられる者どもを救うために力を行使しているものもある。守るために力を使った。

 力の使い道は様々あれど、その他の極星を持つ者の伝説や神話にも必ず争いと悲劇がある。ここまで言えば分かるか?」

「……僕がそのトリガーとなる、と?」

「いいや、お主だけではない。スノウとお主が、じゃ。それもただの争いと悲劇ではない。今まで誰も経験したことのないものがやってくる。そう、みんな思っておるのじゃ」


 ソルは校長の言葉を重く噛み締めながら黙っていた。校長が続ける。


「故に大人たちはこの事態に戸惑ってしまっておる。特に、等級が低いほど恐れに近い感情を抱いておるのじゃ。制御出来ない、もしかしたら化け物かもしれない者を育てる事ほど怖いものはない。それが二人となれば殊更であろう」


 校長がソルの方を振り返って、力強く告げた。


「しかし、ワシは信じておる」


 ソルが顔を上げて校長を見上げた。校長がソルの肩に手を置いた。


「君たち二人が、待ち受ける困難に立ち向かうために生まれてきたのだ、と」


 そう言って校長は優しく微笑んだ。


「極星があるから争いと悲劇が生まれるのか。はたまた争いと悲劇があるから極星が生まれるのか。それは誰にも分からぬ。歴史は人により紡がれるもの。当然、後から見た解釈に過ぎぬ。当時の雰囲気や現状は歴史を見ただけでは分からぬのじゃ。当の本人たちにこの先に待ち受けることなど分かるはずもない。故に、一人一人が何らかの思いを持って行動をした結果、争いと悲劇があったに過ぎん」


 校長は膝を折り、ソルと目線の高さを合わせた。校長の蒼い瞳がソルを見据える。


「だからこそ、ソルお主に頼みたい。

 ワシらには極星の運命は見えんし、極星の運命を捻じ曲げる力も持たない。だからこそ、極星の力に頼るしかないのじゃ。大人の無力を許して欲しいが、これから起こる困難には……お主とスノウの二人で立ち向かってくれまいか」


 校長はそう告げると一度だけ微笑み、すぐに顔を曇らせた。そして、ソルに背を向けて言い淀んだ。


「しかし、もし……もしも、じゃ」


 さっきまでの校長の温かみのある言葉が失われて、冷めた言葉が紡がれる。ソルの中に不安が過ぎった。


「その争いと悲劇が、二人の間で起こるのであれば」


 草木の揺れる音がする。一瞬の静寂。校長自身、言葉にするのを躊躇っていた。

 それでも、校長は言葉を紡いだ。




「そのときは悲劇に起こる前に、




 ソルの胸に冷たい風が吹き、背筋が凍る感じがした。ソルはどう返せばいいのかは分からなかった。しかし、だからこそ、思ったことを口にした。



「それは……約束できません。スノウがどんな人かも分からないし。何よりその二元論になるとも限らないでしょう?」


 校長は予期していたかのように、優しく微笑んだ。


「その通り。実に聡明な子じゃ。

 だが、それだと頭の硬い大人達が許してはくれん。お主やスノウが力を付けぬように、お主らの教育に出し惜しみを——成長しないように邪魔してしまう恐れがある。お主たちは何も悪くはないというのに。どうしたらいいと思う?」


 校長は微笑みかけた。校長の中ではもう答えがあるのだろう。ソルは考えて言葉にした。


「言いづらいですけど、校長先生が『ソルは頷いた』と嘘を吐いてくれればいいのかと」


「ほほほっ、アルマティ先生が困惑するのも分かる。お主は見かけに依らず、案外悪童の素質があるようじゃ。歳の割に実に聡明で、清濁合わせ飲めるようじゃな。

 しかし、偶然にもワシもそう考えておった所。それで良いかな?」



 ソルは笑顔を浮かべて頷いた。校長も頷き返してソルにあるものを手渡した。

 拳くらいの大きさの球形の水晶だった。


「ソル、お主にこれを渡しておく。お主が成長して力を付ければ、いずれ役立つ日が来よう。それまでは、ただのガラクタにしか思えんだろうが」

「ありがとうございます。ちなみに……なんですか?」

「ほほほ、内緒じゃよ」



 そうして二人は別れて、ソルは部屋に戻った。ソルは疲れからすぐに眠りに落ちたが、夢の中でスノウと対峙する夢を見た。


side note ——


 ソルとポーンの部屋には、埃まみれになった『アラゴルン戦記』という、既に絶版となった亡国の血筋を引く者のファンタジー小説が置いてあった。

 裏表紙には墓場で首を吊るドクロの絵が描かれていた。

 ポーンは気味悪がって捨てたが、ソルはこっそりと回収してその日の夜読んでいた。



作者コメント——


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 トリガーという言葉は出てきますが、鉄砲はないです。言語に関してはいい加減なのでゆるく見てもらえると助かります。


 次回の更新は2〜3日後の予定です。


 よろしくお願いします。


 

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