第4-5話

(和親……だと? 魔王は一体何を考えている? こんな内容を魔王が本当に望んでいるのだとすれば……この世界の魔王は勇者が必要にならないほど弱い!? いかん……それだけはいかんぞ! 俺が勇者になるため魔王にはもっと極悪でいてもらわなければ……。そうとなれば、この内容を役人にそのまま伝えるのはマズいな。下手に条約を結ばれて鉄ノ国と仲良くなってしまわれては俺は勇者になれない……)


 美心は自身の欲望のためだけに親書に書かれている内容を誤魔化すため演技をした。


 バンッ!


 円卓を強く叩く美心。


「み、美心っちどうしたの?」


「な……なんですか!? この内容は!」


「わ……ワッツ?」


 明晴は美心の強い怒りからある程度の内容を悟った。


(美心っちがマジギレしてる? そんなに酷い内容が書かれて……はっ!? もしかして不平等条約だったわけ!? 関税自主権の放棄や治外法権のことが書かれていた? でも、それは今から3年後のはず? 歴史の修正力が先に火ノ本を壊すことを選んだ? そんな例、今までに一度もなかったのに……どちらにしてもその条約は絶対に飲んだらダメ! そこから火ノ本は富国強兵を中心にバグっていくことになる! 陰陽術を扱える火ノ本人が海外へ侵略戦争を仕掛けていけば一方的な蹂躙になってしまうのは見るまでもない。だから、あーしは永遠に鎖国することを徳山家に確約させたのに……)


「美心っち、その条約は絶対に飲まないことを伝えて!」


(ほぅ、明晴も同じ結論に至ったか。だったら……)


 ビリッ!


 親書をデリーの前で破り捨て中指を突き立てる美心。


「これが返事だ!」


 英語で答える美心に対しデリーの側にいた数名の軍人は怒りで顔が真っ赤になる。


「このファイヤーモンキーどもがぁぁぁ!」


 バンッバンッバンッ!


 拳銃を取り出し何の躊躇いも無く放った。


「会見はこれまでのようですね? 残念です。鉄ノ国と仲良く出来なくて……」


 銃弾は空中で静止し地に落下する。


「おお、明晴殿の陰陽術」


「なるほど……初めから罠であったようですな明晴殿」


「最初からまともに話し合いの余地など無かった……。今は逃げますよ仲島さん」


 全員で部屋を飛び出し艦内の狭い通路を走る。


「なるほど……ここは確かに動き辛い。敵地に呼び寄せることも計算済みだったようですな」


「ゴートゥーヘェェェル!」


「危ない!」


 曲がり角から突然飛び出してきた軍人に1人の役人が撃たれる。


「くっ、この狭い場所では刀も抜けん」


「甲板に出れば広いっしょ! 美心っち、付いて来れて……あれ、美心っち?」


 美心の姿はそこにはなかった。


(美心っち、もしかして怖くてあの部屋に居たまま!? あーしのバカ! 気が動転して美心っちを放ってしまうなんて……今すぐにでもさっきの部屋に戻らないと)


 奉行所の者たちを先に行かせ明晴は来た道を戻る。

 一方、そのころ……。


「弱い……弱すぎる! これが魔王軍の配下なんてありえねぇ」


「な……なぜ、このような幼女が……馬鹿ナ」


 デリーの頭を掴み引き摺りながら艦橋を探す美心。

 襲いかかってくる軍人はすべて美心の得意な格闘術で気絶させていく。


(もはや、こんな雑魚共に魔王軍を任せていては一生、俺が勇者になる機会は訪れないだろう。しかし、明晴が魔王と呼ぶ者がどんな軟弱なやつなのか顔だけでも見ておきたい。写真くらいあるはずだ)


「あ……あああ……悪魔デース」


 まさに一方的な暴力だった。

 何十人もの軍人が美心に向かって攻撃を加えるが、すべてその小さな体格で躱され気がついた時には懐に入られ意識を失くしていく。


 ドシャァァァ!


「ジョォォォン!」


「魔王の写真は何処だ!?」


「ま……マオー? 何のことかワカリマセーン」


 ドゴッ!


 陰陽術がまだうまく扱えない美心は前世で極めたあらゆる格闘術を駆使し、すべての軍人を蹴散らしていく。


「はぁはぁはぁ……明晴殿とその弟子は?」


「まだ船の中だろう。彼らなら大丈夫だ。小舟を出して浜辺へ戻るぞ。至急、将軍様にお伝えせねば」


「美心っち、どこ――!?」


 べちゃ


「ひっ、なんか踏んだし! これは……血!? まさか美心っちの!?」


 艦内を隈なく探す明晴。

 途中で出会う軍人は1人も居なかった。

 そしてたどり着いたのは艦橋。

 そこに居たのはデリーと美心の姿だった。

 2人で何やら話しているが内容が英語のため明晴には理解できなかった。


「美心っち、良かったぁぁぁ」


 美心を抱き上げ鋭い目つきでデリーを睨み告げる明晴。


「ミスターデリー、大統領に伝えてください。難破した捕鯨船員の救助と帰国手続きだけは約束します。ですが、それ以外のことはすべて飲むつもりは無いと!」


 日本語が分からないデリーは何を言っているのか理解できていない。

 それよりも暴力の塊である美心に恐れ慄き腰を抜かして立ち上がることが出来ずにいた。


(悪魔だ! この幼女はまるで悪魔の王……魔王そのもの! ミーはなんて所に開国を求めてしまったのだ! 魔王がいるこの国には永遠に鎖国をしていてもらわなければ……)


 悪魔の化身に見える幼女がこちらを見ていることで恐怖心が頂点に達し意味も分からず頷いてしまう。


「わ、分かりマシタ!」


「よし、美心っち怖かったね……さ、帰ろう」


(いや、まだだ! まだ魔王のことが何も分かっていない!)


 艦橋の窓から飛び出しそのまま上昇する明晴。


「わぁぁぁ、俺の魔王(仮)がぁぁぁ! 離せぇぇぇ」


(うんうん、美心っち。そんなに取り乱して……相当、怖い目に遭ったんだね。ごめんね、あーしが見失ったりしちゃったから)


 明晴の腕から離れようとするが不思議な力でびくともしない。

 何も抵抗できずに浜辺へ戻った二人であった。




 




 

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