第23話 呵呵大笑5

 絶猫との出会いから私の訓練は大きく変わった。まず剣崎さんと別行動は変わらずだが、午前中は郷田さんとの模擬戦闘を行うようになっている。もっとも魔力なしでの模擬戦であり、目的は格闘術を習うためだ。最初は顔を何度も腫らし、痛い思いをしていたのだが、人間慣れるもので今は顔を殴られる回数も減ってきている。ちなみに一撃も当てたことはない。



 そして午後は魔法訓練だ。まず人造魔法使いの訓練生の方複数名との模擬戦。ただしこちらは手加減をすることが前提である。午前中に身体で覚えた事を午後に魔力ありの状態で馴染ませるという流れだそうだ。ついでに複数の人間から攻撃されるという理不尽さを学べと言われた。素人ならともかく、ここで訓練をしている人たちを複数人同時に相手するのは確かに苦労する。



 そしてそれが終わってから根源魔法の練習だ。



 自分の魔法を自覚してから少しずつできる事を増やそうと努力した。そしておおよそ分かった事がある。


 まず1つ。私の根源魔法である”逆行”は私が回天使用中はオートで発動するようだ。郷田さん曰く、万全の状態へ常に逆行させているのではないかという事だ。

 だから魔力は減らないし、体力も減らないし、怪我をしても戻る。常に万全の状態へ戻っているから。だから特別私の魔力は多いわけじゃないらしい。いや人よりは多い方だと言われたが、それでも常識の範囲内という事だ。

 そしてもう1つ。それ逆行魔法を別の使い方をした場合。例えば、壊れたものを戻すなど行うと私の魔力は減る。逆行で魔力を戻さず別のものに使用するため、本来の回天で使用される魔力が当たり前のように減るというわけだ。もっともまた勝手に回復するので、「お前の魔力が枯渇することはまずないだろう」と郷田さんからお墨付きをもらっている。




 だから目下の目標はこの魔法を使いこなす事。そこで実験を開始した。タイマーを用意し、1分毎に線を一本紙に引いていく。その恐ろしく眠くなる単純作業を5時間行った。こうして300本の線が書かれた紙がある。その線が無かった紙へ戻せるかの実験だ。

 

 まず現状の魔力量でどのくらいの時間戻せるのか知る必要があると指摘され、この実験を行った。結果から言おう。私の魔力をおおよそ半分ほど使ってようやく線をすべて消すことができた。


 つまり私は全力で魔力を消化すれば10時間までは時間を戻せるという事が分かった。もちろん、一度魔力を回復させ、またすぐに同じことをすれば更に逆行して戻すことも出来る。

 そこでさっそく入院中の桑原さんや浅霧さんの怪我を治せないか試そうとした。だがこれはダメだった。実験として訓練中の人魔部隊の方々の怪我を治そうとしてみたがこれが上手くいかなかった。つい1時間前に怪我をしたものですらうまく治せない。


 練習が足りないのか、まったく上手くいかない。何か理由があるのだろうか。

 ただふと思う。他人の身体の時間を逆行させた場合、果たして傷以外の事も戻ったりするのだろうか。例えば記憶とかだ。でも私の身体を逆行させても記憶は途絶えていない。今も続いている。なら平気なのか? それともある程度逆行させるものを選別できるという事なのだろうか。



 そんな事を考え訓練していた時だ。郷田さんから連絡が入った。




「はい、どうしました」

『浜城駅前にある海鮮レストラン潮風にて魔法使いと思われる男が目撃された。監視カメラで確認したところ店のドアをポールを使って無理やり固定している。幸い現場は近い、お前が単独で迎え』

「――はい? 剣崎さんは?」

『相手は恐らくシロマだ。動機は怨恨だな。車で向かう時間はない、お前の能力ならここから回天状態で走った方が余程早い。パトカーも動かすがまず現場へ向かえ』

「了解です」



 また戦いになるのかな。前の人より弱いといいんだけど――。



 そう考えた所で私は自分の頬を思いっきり両手で叩いた。





「馬鹿か私は。被害に遭いそうな人がいるんだ。気張れ。相手の強さなんて考えるな。油断せず、全力で行こう」




 トレーニングルームを出て、まず更衣室へ向かった。支給された制服というかスーツを取り出し、さっさと着替える。そして着替えていると気になる物が目に入った。



「なんじゃこりゃ」



 ハンガーに掛かっているコート。これ以上着込めと? それに何かぶら下がっている。これは何? ベルトとかあるんだけど? 手に取って広げてみる。うん、もしかしてマスク的なやつか? 手触り的に皮で作られているみたいで、口に当たる部分に”W”と書かれている。ぱっとみデフォルメされた牙みたいに見えなくもないが……なんていうかあれだ。バンドマンとかがしてそうなマスクだ。




『着替えたか?』



 イヤホンから郷田さんの声が聞こえる。急いでるんだが一応聞くか。



「これなんですか」

『ここ1週間お前と模擬戦をして気づいたんだが、お前は顔に出やすい。どこを狙うのか、どう避けようとするのか、顔を見ればはっきりわかる。前から気になっていたし、面白いから放置しようとも思っていたが流石に戦闘であれは不味すぎる』

「えぇ……そこまでですか」

『そのための対策だ。お前の能力なら息切れもしないだろうから、苦しくなる心配もないだろう』



 それはいいんだけどこのデザインは何とかならんかったんか。



「あの普通のマスクでも良かったんじゃ」

『馬鹿野郎! これは俺が好きなロックバンド、ミスター鈍龍のマスクをオマージュしたものだぞ!』



 だれだよそれ、知らんがな。



「とにかく顔の半分を隠せばまあ何とかなるだろ』

「コートの方は?」

『お前の動きを隠すためのものだ。お前の場合、完全な接近戦がメインになる。普通のスーツスタイルだと身体の線が出て動きがバレやすい。だから出来るだけ身体の動きを隠すためだ』



 こっちは思ったよりまともだ。コートに袖を通す。思ったより薄い生地のようで動きやすい。問題はマスクだが……。




『浜城町への最短ルートをスマホに送った。地下のルートから迎え、お前の機動性なら10分もかからん。急げよ』

「りょーかい!」




 グッバイおれの羞恥心。ようこそ、新しい自分。気分はコスプレ気分だ。


 

 

 指定されたルートを通りに地下を走る。最近動いていたせいか、前より身体が軽い。そのまま全力で走り、俺は外へ出た。回天中の俺は通行人が見ても記憶には残らないはず。だらか人混みを避けるために道路を走り、車をよけ、問題のレストランへ急いだ。




 既に警察が周囲を封鎖していたのだろう。人だかりはないようだ。




『そのまま現場へ向かえ。お前のことは特殊対策チームとして伝わっている。末端の警官はともかく責任者は把握しているから、気にせず突っ込め』

「オーライ!」



 10m近く跳躍した状態から店の入り口へ着地する。見れば金属のポールがドアの取っ手をまるで針金のように結んである。それを手刀で切り、魔法で戻した。そして俺は店の中へ足を踏み入れた。

 

 

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