第21話 呵呵大笑3
「いてぇぇえええ!!! いてぇぇ、なんだ、なんんだよ!!!」
皮膚を突き破り骨が飛び出している。その様子を見て俺は腹の痛みが不思議を消えていくような気がした。
初めてだ。初めて人を傷つけた。
次にスマホを構えていた男の手を思いっきり叩いた。拳も握らず、ただ手のひらで叩いただけ。それでもこの男の手の甲から何か砕けた音が聞こえ、指が曲がってはならない方向へ曲がったのが良く見えた。
「は、な、なにが――」
そしてもう1人の方へ今度はしっかり拳を握りそのまま胸を殴った。普段運動もせず、人を殴ったこともないため、手の力だけの弱いパンチ。体重だって乗ってない、子供の喧嘩レベルの拳だが、それでも劇的だった。
「ごふッ」
後ろへ吹き飛び壁にぶつかってそのまま地面に尻餅をつく。
「はは」
気持ちいい。ああ、人を殴るのが、人をこうやって見下ろすのがこんなにも快感だったなんて知らなかった!
「あは! ははははは!!!」
初めて心から笑えた気がする。楽しい、今間違いなく俺は幸せだ! こんなところに俺の幸せがあったなんて。ああずっと勉強をしていたのが馬鹿みたいだ。
もう何もかも変わった。今日この日に! 俺は見下される側から見下す側になったんだ! 力の使い方も大体わかった。あとはこの力で何をするのかを考えた方がいい。
「ひぃ、なん、なんなんだよマジで。くそ、た、助けて」
「俺の、俺の手が……いてぇ、マジでいてぇ。これ治んのかな、これ治るかなぁ」
手を砕いた2人が何か呻きながら少しずつここから離れようとしている。
「おい何してんだ。そうだ、金くれよ。実は財布わすれちゃってさあッ!」
そういって思いっきりその脇腹を蹴った。何か折れた感触がする、間違いない多分これ肋骨が折れた感触だ。こんな簡単に人の骨が折れる。その事実がより自分が超人になったのだと自覚でき、興奮が強くなる。
「ぐえぇ。す、すんません。もう勘弁してくれ……ひひっ痛くて、痛く……ひっひひ、はははは!!! だ、だめだ。骨が折れてるのに笑いが、なんで」
「あははははは!! 痛い、痛い! なんで、でもあははッ!」
「くひ、ひひひひはっははは!! なんで、何で」
俺は能力を発動させた。そうか骨が折れ、分かりやすい重傷だっていうのにそれでもやっぱり笑うんだ。
「た、たすけ! あは! ははは!! だめ、だめ、息が、苦しい」
「何が、どうなって。ひひひ、あははは!」
「痛いのに笑っちまう。なん、ははッ! ははははは!!!」
俺はしゃがんで地面に転げ爆笑している3人を見る。それぞれ酷い怪我だってのに、それを気にする素振りもなく笑い転がっている。最初に俺が手を潰した奴なんて骨が飛び出てるのに、それも気にしないで地面に手をついている。
「楽しいなぁ。楽しいな。お前らが笑ってくれて俺も楽しいよ。さて、実験だ」
俺はゆっくり立ち上がり少しずつその場から離れる。この強制的な笑いは恐らく俺が近くにいると発動する。ならどの程度離れても平気なのか知る必要があるだろう。
「自分の能力は正しく知らないとな」
そうして笑い苦しんでいる連中を見ながら一歩ずつ後ろへ下がっていく。この状態なら聴力も強化されているのか連中の間抜けな笑い声もよく聞こえる。
さらに後ろへ下がる。まだ笑っている。また後ろへ下がる。そうして大体30mほど離れた所であいつらの笑い声が止まり、うめき声と必死に呼吸している音が聞こえた。
「ふーん。大体このくらいの距離か。これの距離も伸びたりするのかな。楽しみだぜ」
そう零して俺は踵を返しその場を後にした。もうあの3人に用はない。あのまま放っておけば笑い死んだんだろうと思うけどそこまでするつもりはない。顔を見られたけど、それもどうでもいい。どうせ警察に追いかけられたって俺なら逃げられる。いや警察相手だって今みたいにやれるはずだ。
止まらない万能感を確かに感じ、俺はあそこへ向かうため歩き始めた。
時間は既に深夜。元々最寄り駅の近くにある飲食店で徒歩20分程度で着く距離にある。流石にもう誰もいない。それでもいい、この店を見ると俺は怒りがこみあげてくる。
俺を馬鹿にし、笑っていたあの連中を。俺の気持ちを踏みにじったあの女を。
きっと天が言っているんだ。この力を使って復讐しろって。
俺は朝が来るまで待つことにした。無理やり店の中に入るのは簡単だ。でも警備システムがあるから無理やり入れば必ず通報される。別に警備員が怖いわけじゃない。警察だって同じだ。今の俺は無敵なんだ。その程度でビビるわけがない。
でも、今はだめだ。ここで暴れれば、バイトの連中は来なくなる。それはだめだ。俺の復讐が始まるのは店の開店前。バイトの連中が来たときに動く。
「ひひっ」
どうやろうか。この超人的な力で中谷の野郎をぶん殴って顔をかえてやろうか。それもいい。もしくは知らぬふりをしてバイト先に行き、全員笑い死にさせてやろうか。きっと混乱してみっともなく取り乱すだろう。それも面白そうだ。
そんな妄想をしながら朝まで待つのは退屈しなかった。
日が昇り、太陽が顔を出す。いい天気だ。店の裏口で座っていると車の音が聞こえる。恐らく店長が店を開けに来たんだろう。俺は立ち上がり、一旦隠れる事にした。
店の回転は10時。ただ仕込みなどで店長はいつも6時前には店に来ているらしい。バイトの連中が揃うのは大体9時頃。それまではのんびり待っていようじゃないか。笑みを浮かべ、自然と手に力が入る。もう少し、もう少しの我慢だ。
目的の時間になった。俺はいつもより遅れて店に行く。完全に遅刻だ。案の定俺を見て店長は激怒した。
「おい! 黒田! この忙しい時期に遅刻ってのはどういう事だ! なんで連絡もよこさないんだ!」
いつも肩をすくめてしまうような店長の怒号も今は何とも思わない。その反応が態度に出たんだろう。店長は更に顔を赤くさせた。
「何笑ってんだ、えぇ黒田。時間も守れねぇならお前はクビだ。さっさと出てけ」
「ああ。すみません店長。わざとじゃないんです。ただ……なんか面白くて」
「何が面白いんだ。もういいロッカーの荷物を整理してさっさと失せろ」
そういって更衣室の方を指さす。
「いいのかなぁ。そんな態度でさぁあッ!」
俺は用意していた物を思いっきり店長へ向かって投げた。それは外で拾ったアルミ缶だ。ずっとこの時間になるまで握りつぶし、硬め、丸くしたもの。それを俺の力で投げれば砲台みたいな威力になる。
頭を狙ったが、強すぎる力をまだ制御できず、投げたアルミボールは店長の近くを通り、そのままキッチンを破壊した。
「――は、な、なんだ今の」
呆然として破壊されたキッチンの方を見る店長とそのやり取りを見ていたバイトの連中。そしてもう1つ用意していたアルミボールを取り出し、今度こそ店長へ狙いをつけて投げた。
放たれたアルミはすさまじい速度で飛び、店長の二の腕を抉っていく。血が飛び散りそこでようやく絶叫が店内に響いた。
「きゃあああああ!!!」
「な、なんだおいにげろぉお!!」
「やべぇ、警察! 警察よべぇ!!!」
巣を突いた蜂のように騒ぐ店内。でももう遅い。店の正面入り口の扉はその辺で拾ったガードパイプを使って店のドアは開かないように固定した。みんなが使う裏口も、食品棚を移動させ無理やり塞いでいる。誰も逃げられない。
「なに逃げてんだぁ。俺も混ぜてくれよ、なぁ中谷君さぁあ!!」
「ひっ!」
そう叫ぶと近くの椅子を掴み、中谷へ全力で投げた。椅子が砕け、その破片が別のバイト仲間にも当たり更に混沌としていく。悲鳴が上がり、女の鳴き声が聞こえまるでオーケストラの指揮者をしている気分になってきた。
「それで……どこだぁ。有紗はぁ! いるんだろ!」
俺は近くのテーブルに手を叩きつける。その衝撃でテーブルが割れ、また店内に悲鳴が上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます